その六
「ところでさー、お前ら、どう責任とるわけ?」
トニーの言葉に学友たちがお互いの顔を見合わせている。
「せ、せきにん、て」
「こいつの婚約が政治的意味のあるもんだってくらい分かっていたよなー」
末端であるが王族に連なる私の婚姻は国が関与している。
「俺の家との繋がりを強化するためではなかったのか?」
「ルヒィ、それなら何故彼女は預りのままなのだい? 君の家との繋がりが欲しいなら、従妹ではなく養女、その家の娘としたほうが強くなる。君の母上が反対しても国からの命なら従っただろう」
私の言葉にルヒィはハッと目を見開いている。
「そうそう。彼女はルヒィと血の繋がりはあるが地位や立場ははっきりしてない。なのに何故こいつの婚約者なのか考えたことがあるか?」
ターナがブルブルと震え出した。
「…、こうひょうできないたちば…」
「そう、彼女は王族と婚約出来る立場の者。その彼女に冤罪を被せ、婚約破棄をさせようとした。国が保護する要人を罪人としようとし、国が決めた婚約に堂々と横槍をいれた」
学友たちも真っ青になっている。やっと自分達がしたことを分かったようだ。
「そ、そんな、おれたちは…」
「そ、そうよ、しらなかったんだし…」
「だ、だって…、浮気相手の子だと…」
「た、ターナのためにとおもって…」
学友たちからの視線にターナは私のせいじゃないと体を大きく震わせていた。
「お前ら、さっきからターナのため、ターナのためって。ターナが幸せになるためならどんな犠牲も当たり前だったと言いたいのか?」
「そんなこと、言ってないだろ」
「では、何故罪を捏造してまで私と彼女の婚約をなくそうとした? 私との婚約が無くなった彼女がどうなるのか考えなかったのか?」
グッと黙りこんだ学友の一人が叫んだ。
「無事見つかったからいいじゃないか!」
トニーと私のため息が重なる。
「無事見つからなかったらどうしたわけ? 彼女、冤罪だったよな? 婚約が無くなった女性がどうなるのか知らないわけでもないよな?」
「そ、それはルヒィのいえのもんだいだろ」
「か、かんけいないわ」
「そ、そうよ、わたしたち、かんけいないのよ」
「年下の後ろ楯のない女性なんかどうなってもいい? 放逐されたり、修道院に入れられたりするのを関係ないってか…、そうなる冤罪を作り上げたお前らがそれを言う?」
トニーの声が一段と低くなる。
「それから、お前ら、彼女が見つかったと聞いた時、驚きもしなかったよなー」
行方不明だと公表していないのに。
ドンと音が聞こえた。下がりすぎた学友が扉にぶつかった音だ。私は冷めた目で彼らを見ていた。ターナを含め彼らのしたことは悪質すぎる。
「る、ルヒィ、に、きいて」
「ゆくえ、ふめい、だって」
「そう、きいて」
「そ、そう、そう」
「ふーん、無事に見つかったのを喜ぶんじゃなく、婚約破棄とほざいてなかったか?」
「「「「「……」」」」」」
「情事の跡が残るベッド、乱れた下着姿。お前ら、そんな格好にして(お前らの)親と婚約者、呼んでやるよ。身の潔白、信じてくれるといいな」
トニーは片方の口角だけニィと吊り上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
「そんなことされたら…」
「廃嫡される!」
「家が潰れてしまう」
「嫁ぎ先が無くなるわ!」
それぞれが顔を真っ青にして叫んでいる。同情の余地などない。
「お前らが彼女にしようとしたことだろうが」
「お、おれたちは、すうじつ、とじこめるだけで…」
「そ、そうよ、おとこなんて、じゅんびして、ないわ」
「そ、それに、る、ルヒィ、が一生面倒みるから…」
「そ、そう、彼女はちゃんと暮らしていけるから…」
「じゃあ、お前らの兄弟をそうしてやるから、お前ら、一生世話しろよ」
「妹に手を出すな!」
「姉が嫁がなかったら借金が!」
「そんな醜聞あったら私の婚約もなくなるわ」
「弟の将来、潰す気か!」
「取引先がなくなる!」
「何、それ。人の将来潰そうとしたのに? まあ、面倒臭いからしないけどさ」
学友たちがホッと息を吐いているが次の瞬間凍りついていた。
「どうせ犯罪者の家族として、お前らの親兄弟不幸になるの見えてるし」
「な、な、な、なんだ、よ、それ」
「だ、だれが、はんざい、しゃ?」
「私の婚約者を陥れたのだ。当然犯罪者となる」
「そ、そん、な…」
「う、そ、…」
「ど、どう、して…」
「わ、わたし、たち、ターナと、シェイダのために…」
「君たちはすぐにターナのため、私のためというが、私がいつそれを望んだ? そうしてくれと頼んだか?」
彼らの言い訳にうんざりする。トニーの言う通り、勝手に思い込み、勝手に暴走し、善意なのにと言い訳する厚顔無恥な態度に。
「私が君たちにお膳立てしてもらわねば自分の婚約をどうにか出来ない愚かな者だと?」
思わず声が低くなる。
「いい加減にしてくれないか? 私を貶め侮辱するのを」
学友たちはガタガタと震えだした。私を怒らせていたのをやっと分かったらしい。もう遅い。
私は青ざめて座っているターナに視線を移した。膝に肘を置き、祈るように両手を握っている。いや本当に祈っているのかもしれない。
チラリとトニーを見る。トニーは頷いて大きく息を吐いてからゆっくりはっきりと告げた。
「今朝、裏町で女性の死体が発見された。酷く暴行された痕があり、僅かに身に残っていた衣服がこいつが贈ったドレスの布と一致した」
「た、ターナ!」
ムクッとルヒィが立ちあがり、近くにいたターナに詰め寄っている。
「ただ閉じ込めるだけ、て言ったよな。何もしないって!」
「わ、わたし、しらない」
ターナは首を大きく横に振って知らないと呟いている。
ルヒィは私の方を向き縋る目で見てきた。
「なあ、無事見つかった、て言ったよな? 無事なんだよな?」
私はゆっくりと視線を落とした。
「死体が見つかったのは本当だ。今探していた者か確認中だ」
ルヒィは向きをかえ、学友たちに詰め寄って行く。
「順番に見張りするはずだったよな」
「た、ターナが代わってくれるって…」
「わ、わたしも」
「お、お、おれも」
「ほ、ぼくは途中でターナの侍女が来て…」
「なんで自分でしないんだよ!」
「だって、見つかった時に一緒にいたらヤバいじゃないか!」
「そ、そうよ。捕まりたくないわ!」
「どっちにしろ計画に乗った時点で捕まるだろ」
トニーの言葉に学友たちはガクッと項垂れてしまった。
「ターナ、君は彼女が無事に見つかったのを疑ったね」
私の言葉にターナの肩が跳ねる。
「君は知っていた。彼女が私の言う通りに老夫婦に拾われておらず、君たちが準備した監禁場所にもいないことを」
「し、しらない。わたし、ほんとうに…」
ターナは知らないと首を振るが、誰とも視線を合わせようとしない。
「医師が純潔を証明したのを嘘だと、有り得ないと言った」
「ターナ、本当か? 俺は傷つけないことを条件で…」
ルヒィがフラフラと再びターナに近付いていく。嫌っていても血縁者としての情はあったのだろう。
「だ、だって、純潔だと分かったら…。どうしてもルヒィの家と繋がりを持ちたいのなら彼女と婚姻してしまうと思って…」
ターナはルヒィから逃げるようにソファーの端に寄っていく。
「け、けど、ころされたなんて…。そ、そんなことたのんでないわ!」
「ターナ!! どうして!」
「だ、だって、私はどうしてもシェイダと、シェイダと一緒になりたかった!」
「ターナ。私と彼女との婚約が無くなったら、何故君と婚約することになるのか、そう考える君が分からないよ」
私の言葉にターナは目を見開いてこちらを見た。
「私は君を恋愛対象と見ていない。ならば君との婚姻が国に有益だと認められなければならない。君は確かに優れているが、君よりももっと優れていて国に有益となる女性が幾らでもいる」
「そ、そんな!」
ターナは見開いた目に涙を溜めながら首を左右に振っていた。余程自分に自信があったようだ。
扉を叩く音が聞こえた。廊下に繋がる扉ではなく、隣の部屋に繋がる扉の方で。