その五
一人の男が入ってくると私に分厚い紙の束を渡し部屋を出ていく。
私はそれにざっと目を通し、トニーに渡した。
「それから、ルヒィ、君の言葉は信用出来ない。全てのことを彼女が認めていた、という言葉もな」
ルヒィは目を見開いて慌てて聞いてくる。目線はトニーに渡った紙の束に向いていた。
「ま、まさか、調べ直したってこと、ないよな」
ルヒィの言葉に私は頷いた。
「学園内の揉め事は学園内で解決する。それが決まりだ。卒業したら在学中に起こった解決済みの揉め事には関与出来ないことになっている。だが、今回は違う」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんなの可笑しいだろ。学園の規則を破るのかよ」
「ターナには言ったが、私と彼女の婚約には国も関わっている。私の一存で簡単にどうこう出来るものではない。確たる理由が必要となる」
「俺たちの証言で十分じゃないか!」
ルヒィは怒鳴るように叫んだが、私は首を横に振った。
呆れたトニーの声が響く。
「こいつは、お前の証言は信用出来ないと言っただろうが」
「それだけではない。彼女の証言がない。ルヒィだけではなく中立な立場の者が聞いた彼女の言葉が必要だ」
真っ青になりルヒィはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。ターナも口元に両手を当て、青ざめた顔をしている。
「それに彼女はあの時、言葉は発せなかったが首を横に振っていた。否認していた」
「そ、それって、怯えて首を振ってただけじゃあ…」
学友の言葉をばっさりとトニーが切り捨てる。
「じゃあ、まともに答えられないほどお前らが彼女を怯えさせていたってことだな。どちらにしろ調べ直しだ」
学友たちの顔色も悪い。
「も、もしかして、シェイダ、あなたと婚約が出来そうという話は…」
ターナが震えた声で聞いてきた。
ターナに私との婚約話が出たら彼らが集まるだろうとは思っていた。
「ああ、君たちに集まってもらうためだよ」
「ターナ一人の自作自演では無理なこともあるからな」
息を呑む音と小さな悲鳴が複数聞こえた。
学友たちが縋るように訴えてくる。
「お、おれたちは、むくわれないおもいを、すくいたくて…」
「誰が望んだ?」
思わず冷たい声が出てしまう。私はそんなことを望んでいない。
「た、ターナが可哀想だと思わないの?」
「私の意思を無視して応えろと?」
「ひどい! ターナがあんなに想っているのに」
好意を持たれたら必ず応えなければならないのか? それに私はターナには伝えてある。学友としか見れないと。
「あんさー、お前らが勝手に思い込んで勝手に暴走したの。その責任をこいつに押し付けんな」
友の言葉に学友たちが顔を歪ませている。納得がいかないようだ。私がターナとの関係をどれだけ否定しても自分達の思うように置き換えていたのは彼らだ。
「じゃあさー、ヤイマ」
トニーに名前を呼ばれた学友はビクッと肩を揺らした。
「お前、ターナを好きだったよな。じゃあ、ターナはお前の想いに応えて恋人にならなきゃいけないんだよな」
「えっ、でもターナはシェイダが好きだから」
「関係ないだろ。お前が好きならターナは応えるべき。シェイダにはそれを強要してターナにはしないのかよ」
「ちょ、ちょっと、それは違うわよ」
「そ、そうよ。ターナの気持ちはシェイダにあるのだから」
他の学友たちが騒ぎだした。
「何が違う? ターナが想っているのならシェイダの気持ちなど無視して応えろと言ってんのはお前らだろ。なら、ヤイマが想っているんだからターナは自分の気持ちを無視して応えるべきだろ」
「タ、ターナだから」
「そう、ターナだから好きな人と幸せになって欲しかったのよ」
「ターナの想い人だから応えなきゃいけない。なんでターナだけが特別なんだ? じゃあ、ターナの想い人が自分の婚約者だったらお前ら進んで譲るのかよ」
「わ、私の婚約者をターナが好きになるわけが…」
「わ、わたしの婚約者がターナに、に、似合わないわ…」
「そんなことわかんねぇだろ。ターナが好きになったら家のための婚約でも破棄出来るんだよな、お前らは」
学友たちはトニーを睨み付けている。自分達の言い分をどうして理解出来ないのか不満なようだ。
トニーはそんな学友たちを見てふんと鼻を鳴らしていた。
「ターナ、君はさすが学園一の才女だよ。学園の規則を利用して、私と彼女の婚約を破棄させようとした。学園で起こったことなら解決していたら調べ直されることはないからね」
「ち、ちがう、わたしはそんなことしていない」
「君は気付いていた。私が婚約者である彼女と関われないことに」
学友たちがまた騒ぎ出す。どうにかして責任を逃れたようだ。
「そ、そうだ。彼女が婚約者といいながら、シェイダは彼女に会ってなかったじゃないか!」
「大切な婚約者だったら、学年が違っても休み時間とかに会うはずよ!」
「シェイダがそんな態度だったから、俺たちも…」
「ち・が・う! シェイダは関われないと言っただろうが。そう決められていたんだ、上の人たちに」
学友たちは、やっと私と彼女の婚約が特殊な関係だと気が付いたようだ。
「皆を上手に誘導して彼女に虐げられているふりをした。私は彼女に確認出来ない。彼女を嫌うルヒィを味方につけ、まんまと彼女を犯人に仕立てあげた」
ターナはちがうと首を横に振っている。
「私もまんまと騙されたよ。犯人は彼女を騙る誰かだと思っていた。優秀な君は嫉妬されることも多かったから。まさか自作自演だったとは」
「えっ? シェ、シェイダは、かのじょが、やってない、って…」
「ああ、分かっていた。私の婚約者だからといって彼女が君を虐げることは無いと」
ターナが驚愕で目を見開いている。
「じゃ、じゃあ、あの控え室に呼び出したのは?」
「学園で起こったことを話すためもあったが、隣国にいる彼女の家族について説明するためだ。内戦がようやく終息しまだ混乱状態ではあるが復興も始まっている。隣国次第で彼女と私が婚約している必要も無くなるかもしれない。簡単に説明がしたかった」
本当はターナも控え室に連れていくつもりはなかった。当事者だからとターナとルヒィが付いてきただけだ。そして、すぐに学友たちが乱入してきた。
「私も隣国のことで忙しくなるはずだった。彼女と会う時間と許可が取れたのがあの時だけだった」
今は別のことで忙しくなってしまったが。
「ああ、ルヒィ、彼女は確かに君の従妹だ。君の腹違いの妹ではない」
ルヒィは力なく顔を上げた。その目は嘘だと訴えている。
「君の祖母上は夫の浮気を許せなかった。だから、侍女が産んだ彼女の母親を認知をさせなかった。夫の死と共に侍女とその娘を内戦で荒れている隣国へ追放してしまった。それを知った君の父上は追放された親子を長い間探していた。祖母上はそれを嫁いできた君の母上に別れさせた恋人を探していると吹き込んだようだ。君の父上がようやく見つけ出した時には、侍女は既に死亡しており彼女の母は隣国で家族を持っていた。だが、内戦がおさまる気配のない隣国、彼女だけこの国で保護することになった」
「う、うそ、だ」
調べていて分かったことだが、ルヒィは彼女を嫌っていた。その理由は彼女が父親の浮気で出来た子供と信じていたからだ。ルヒィの母親は彼女を居ないものとして扱い、ルヒィも彼女を邪険にし会話らしい会話をしていなかったらしい。
「古参の者なら君の祖母上の気性をよく知っている。それがあり得ることだと。だが、我々はその勘違いを彼女の出生を隠すために利用した。ルヒィ、君の従妹と言いながら彼女が他国に出かけていた時に出来た君の腹違いの妹だという噂を。君の父上は母上だけには真実を教えたいと何度も話したそうだが君の母上は全く信じなかったそうだ」
「じゃあ、じゃあ、俺がしたことは…」
「君がしたことは、彼女が妹だろうが従妹だろうがしてはいけないことだった」
ルヒィは顔を歪ませて項垂れてしまった。母親を悲しませた存在として彼女に辛く当たっていたのにそれは自分の勘違いだった。その事実をどう受け止めるか、ルヒィ次第だろう。