その四
入って来たのはルヒィと学友たちだった。
「ターナとの婚約が纏りそうなんだって」
上機嫌でルヒィが切り出してきたが、青ざめて震えているターナを見て慌てて駆け寄っていた。
「ターナ、どうしたんだ?」
「かのじょ、との、こんやく、はき、されて、いなくて…」
ターナは前に跪いたルヒィに震える声で説明している。
学友たちは驚いた顔をして口々に疑問の声をあげている。
「…、で…、でね、かのじょ、ぶじ…みつかって…」
ルヒィは、勢いよく私を睨み付けると、どういうことなんだ? と聞いてきた。学友たちは扉の前で小さく囁きあっている。
「…見つかった?」
「…五日も行方不明だったから…」
「…純潔を疑われる…」
「…どっちにしろ、婚約破棄…」
誰も彼女が行方不明だったことを驚く者がいない。それどころか…。
「従妹が無事に見つかったことを喜ばないのかい?」
私の言葉にルヒィは眉間の皺を深くしただけだった。
「預りである彼女を誰の許可もなく放逐した君の家は処罰の沙汰を待つ状態であるはず。その彼女が無事に見つかったのだ。喜んでいいと思うが?」
パーティーの翌日、屋敷を訪ねたら彼女は居なかった。当主であるルヒィの父親はその事実を知らなかったらしく真っ青になっていた。当たり前の処置だと胸を張っていた母親である夫人がきつく叱責されていたのをルヒィも見ていたはずだ。
「…、あっ、…そのことでお前に相談が…」
平伏して謝罪の言葉を繰り返す父親の姿に私に言えば処罰が軽くなるとでも思っているのか。
「預りということは預けた方がいるということだ。ルヒィ、君の家は彼女が私と婚姻するまで世話をするよう命じられていた」
「だから、お前があん時、婚約破棄だって言っただろ! 婚姻がなくなったんだ、世話をしてやる筋合いなんかない」
ルヒィが怒鳴り出して詰め寄ってきたがトニーがすっと間に入る。
「正式な発表があったか?」
トニーの言葉にルヒィは驚いた顔をしたが、それでもと声をあげる。
「発表がなくてもあの場に居たなら破棄になったと思うだろ」
「婚約が解消となるかもしれない、とは言った」
「そんなのほとんど婚約破棄じゃねぇか!」
「では、尚更、君の家は彼女を預けた方にお伺いを立てなければならなかった。そうなった場合、彼女の処遇をどうするか。ましてや当主に相談もなく、それも夜に放逐するなど悪意しか無いと思われても仕方がない」
「そ、それは…、家名に傷が付くと思って…、母上が先走って…」
ルヒィが懸命に弁明しようとするが、それは言い訳でしかない。
「それにルヒィ、君は知っていたはずだ。私が彼女と婚約破棄していないことを。私は彼女を屋敷に送る君に言った。彼女と話し合うから屋敷から出さないように、と。なのに君は母上を止めなかったばかりか、放逐された彼女を探しもしなかった」
「それは…」
「ルヒィ!」
ターナの声にハッとしたルヒィはグッと手を握り締めていた。何を言おうとしていたのかは気になるが、口を開く気はなさそうだ。
「彼女が無事なのを喜ばない理由は? 婚約が破棄されていないのを知っているのにターナとの婚約を祝福しようとした理由は?」
ルヒィは私の視線から避けるように顔を背けた。
「家のことを考えたら、彼女を必死に探しているはずだし、無事を聞けば喜ぶはずだ。君の態度は奇怪すぎる」
扉の前で成り行きを見ていた学友たちは、だれもが困惑した顔をしてこちらを見ていた。
「ねぇ、シェイダはターナとの婚約を望んでいたのではないの?」
学友たちの小さな声に盛大なため息を吐いたのはトニーだった。私が何度諌めても私とターナが似合いの二人だとからかってくる学友たちにはうんざりしていた。
「はあ、なんでどいつもこいつも。こいつとターナがくっつくのが当たり前だと思ってんだか」
私もそれは不思議に思う。ターナが私に好意を持つのは自由だが、私がターナに好意を持っていると思われている理由が分からない。いくら違うと否定しても私とターナの噂は消えなかった。
「こいつ、ターナを特別扱いしてないだろうが」
「で、でも…、婚約者がいるから遠慮して」
「ターナもシェイダといる時が一番幸せそうで」
「シェイダもターナとよく話しているし」
はあ、とトニーがまた大きく息を吐いた。私も同じ気持ちだ。
「確かに女子の中ではターナとよく話していた。話題も合ったし、授業でよく組んでいたから。だが、婚約者のいる者に言い寄る悪女と噂されないように距離をとっていたつもりだ」
「ターナを想うから、そうやって気を使っていたんでしょ」
何故そう言われるのか分からない。私は婚約者がいるから他の女性と親密にならないように気を付けていただけなのに。
「ダメだ、こいつら。禁断の愛、真実の愛、自分たちの妄想をお前に押し付けていやがる」
トニーがついていけねぇと首を横に振っている。
「で、自分たちが作り出した妄想の恋人たちの愛を成就させようと一致団結した、と。それがどんなに愚かで傍迷惑なことか考えずに」
「いや、僕たちはシェイダとターナのために」
「じゃあ、お前ら、シェイダに確認したか? ターナと結ばれたいのか?」
「学友の一人だと言っていたけど、そんなの照れ隠しだ」
「それに、なんであそこで断罪なんかしたんだよ」
「そもそも私の控え室に君たちを呼んだ覚えはない。ターナが心配だからと入って来たのは君たちだ。私が彼女の言葉を聞こうとする度にターナは自己犠牲の言葉を吐き、君たちはただ彼女を責め、おかげで彼女は口を開くことも出来なかった」
身に覚えがあるからか学友たちはバツの悪そうな顔をしてやっと静かになった。
「何故、彼女に発言させなかった?」
「き、聞く必要ないだろ」
「証拠も証言も揃ってんだし」
「そ、そうよ、ルヒィに諌められても止めなかったあの子が悪いんだから」
「そ、それに言う気があったら言っていただろ!」
学友たちは弱々しく反論してくるが、彼女に発言させなかった理由にはならない。
「お前らさー、上級生に囲まれて、責められて、何か言える? 頼れる人がいたらいいけど、こいつにはターナが纏わりついてて、従兄のルヒィは庇うそぶりもない」
トニーの言葉に学友たちは俯くが、ターナとルヒィは抗議の声を上げた。
「そ、そんな、私は、そんなつもりで、シェイダの側に…」
「な、なんで、俺が庇わなきゃいけないんだよ。な、何度も止めろって言ったのに止めなかった奴に」
「纏わりつく…。確かにそんな状態だったな」
思わず口にした言葉にターナがそんな! と悲鳴をあげる。が、実際あの時側にいるターナが邪魔で仕方がなかった。離れるようにと黙るようにと言っても聞かず、私の腕に当然のように縋り付いてきたのが。振り払おうにもターナを支えるように学友が側にいてそれも出来なかった。
また扉が叩かれた。