その三
「シェイダ、あなたと婚約できそうよ」
ターナが栗色の長い髪を左右に振りながら、頬を上気させて嬉しそうに部屋に入ってきた。そして当たり前のように私の隣に腰かけてくる。私はそれを許した覚えはない。私は小さく嘆息し、斜め向かいの一人掛けのソファーに移った。
「彼女が見つかった」
「!」
トニーが慌てた顔をしているのは彼女が行方不明になっていることは秘密事項だからだ。だから、ターナは知らないはずだった。
拗ねた顔をしていたターナは何を言われたのか分からないという表情をしたが、すぐに心配そうな声で私に聞いてきた。
「そう…無事だったの?」
ターナは知っていた。彼女が行方不明になっていたことを。まあ、彼女の従兄が話したのかもしれないが。
「親切な人たちに助けられていたらしい」
ターナは信じられないという表情になり言葉を詰まらせている。私とトニーはそれを観察する。
「ぶ、じ、だったの」
「ああ、たまたま通りかかった老夫婦に拾われてそこにいる」
「う、嬉しくないのかい?」
トニーも話に乗ってくれるようだ。
ターナは慌てて嬉しいわよと言ったがその表情はさえない。
「ど、どうするの?」
「私が彼女を保護する」
せめて遺体は引き取ろう。償いにはならないが手厚く葬らなければ。
「えっ? それは彼女と彼女の従兄の家族の問題じゃない。あなたがそこまでする必要はないんじゃない?」
「何故? 私の軽率な行動でこうなってしまったのだ。それから、彼女とは一緒に暮らす」
ターナは驚いた顔をしていた。何を驚いているのか私は分からない。
「婚約者でもないあなたがそんなことをしたら、何を言われるか分からないわ」
「婚約者ではない? 彼女は今も私の婚約者だ。だから、君との婚約はあり得ない」
ターナは目を見開いてワナワナと震えだした。
「だって、あの時、婚約破棄って…」
私は友を見た。友も私の目を見て頷いている。
あの場に居た者のほとんどがそう勘違いしているのは知っていた。
「婚約が解消となるかもしれないとは言った。彼女の話を聞こうとも君が取り乱し周りも騒ぎ立ててきたため、後日はっきりさせるとも」
「で、でも、みんな婚約破棄したものだと思っているわ!」
「周りがどう思っていようが、私と彼女の婚約は私の一存だけでどうこう出来るものではない。確たる理由がなけれはならない」
ターナは私を縋るように見てくるが、そんな視線で見られる覚えもない。
トニーは私とターナを、いやターナを憐れんだ目で見ていた。
「あなたの、あなたの気持ちはどうなるの?」
「彼女との婚姻は国も関わっている。私一個人の気持ちなど些細なことだ」
ターナは可笑しなことを聞いてくる。政略とはそもそもそんなものだろう。それに私は彼女と婚姻するのは嫌ではない。
「わ、わたしはシェイダ、あなたが好きなの!」
「ありがとう。だが、すまない。私は君を学友としか思っていない」
私は今回もはっきりと伝えた。ターナとは学友だと公言しているのに学園では恋人のように噂されている。聞かれる度に訂正していたがその噂が消えることはなかった。
「う、うそよ…。気づいていないだけであなたもわたしのことが…」
「勘違いさせないように気を付けていたが…。そう感じさせてしまったのなら申し訳ない」
ターナとは二人っきりにならないように、二人になる時は必ず人目がある場所でと色々気を付けていた。話はよくしたが、他の女子生徒と同じ扱いしかしないようにしていた。
「そう、そうだとしても、今からそう見てくれたら、私のことを好きになってくれたら」
「無理だ。私の婚約者は今も彼女であり、私がそう見る相手も彼女だけだ」
ターナは何を可笑しなことを言うのだろう。私と彼女の婚約は続いていると言っているのに。私に不義理を働けとでも言いたいのだろうか?
「か、かのじょ。見つかったの、ほ、ほんものなの?」
「それはどういう意味だ?」
トニーの報せはまだ極秘情報だ。知る者も僅かしかいない。
「えっ、だって、よる、のまち、でしょ…。そ、それにひにち、もたっているし、なにもできない、れいじょうが…」
「ああ、だから、運良く放逐された直後に老夫婦に拾われた。めだった外傷もなく医師の診断で純潔も証明されている」
「うそよ! そんなことあり得ないわ」
そう叫んだターナは慌てて自分の口を両手で押さえていた。
「なあ、なんで嘘だと、あり得ないと言える?」
トニーの目が声が剣呑なものに変わっている。私もだ。そう断言出来る理由が知りたい。
確かに令嬢が町に一人放逐されて無事でいる確率は低い。だが、無事であるはずがないと言い切ることは出来ない。そうだと分かっている者を除いて。
ターナを問い詰めようとした時、また扉が叩かれた。
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