その二
「裏町で遺体が見つかった」
その報告に私はドサリとソファーに座り込んだ。
学園に通うために住んでいた屋敷の一室で私はトニーの報告を聞いていた。
何故こんなことになってしまったのだろうか? 一人では何も出来ない令嬢が夜でなくても街中に従者も付けずに放逐されたらどうなるかくらい屋敷の者も分かっていただろうに。
時間がなかったからとはいえあの場所ではなくきちんと場を設けて行えばよかった。学園で行われたことは許せないが、こんな結末を望んでいたわけではない。
「なあ…」
躊躇いながらかけられた言葉に顔を上げる。騎士団に入隊が決まっているトニーの瞳は不安そうに揺れていた。
「ほんとに嫌がらせをされていたと思うか?」
トニーはいつも私にそう言ってくる。三年生の校舎で下級生を見たことが無いと。だが、アイツはいつも何かされていた。
「それに、さ。なんで、お前たちは一年生の校舎近くを通ってたんだ? 通らなくても良かっただろ」
まるで彼女に見せつけるようにさー。
そう言われてどう答えていいか分からない。教室移動の時、遠回りになってもなんとなくあの道を通りたかっただけだ。それに勝手にアイツが付いてきただけ。アイツをエスコートして歩いたことはないし、ただ隣をアイツが歩いていた。けれど、時折彼女がこちらを見ていたのは気がついていた。
同じ学年のアイツとは一年生の時に告白されたけど婚約者がいるからと断った。学園にいる間だけ友達として側にと言われてそれならと承諾した。才女として名高いアイツは話題に事欠くことなく、学友として付き合う分には申し分なかった。それに学年が違うから、アイツが彼女には会うことも少ないだろうと。それなのにわざわざ彼女が見る場所でアイツと二人で歩いた理由は?
ドクン、と胸の鼓動が大きく鳴る。
「お前も見ただろ、アイツの酷い姿を」
平静を繕って声を出すが、僅かに震えてしまった。
ドクン、ドクンと煩いくらいに鳴り響く。
トニーは元々クチャクチャだった青い髪を更に掻き、憐れむような視線を向けてくる。
「あぁ、けど気になって聞いてきたんだ」
嫌だ、今はまだ聞きたくない。
「彼女、あまり教室から出なかったらしい。お昼休みもな。食堂とかでお前とアイツと会わないようにって」
まだ聞きたくなかった。
では、アイツが、学友たちが言っていたことは?
「それに、な…。アイツがずぶ濡れの時あっただろ。あん時、一年生は次の準備であそこには誰も近付かなかったらしい」
あれは教室に戻る時だった。剣の授業で男女別々で鍛練場から戻る途中でずぶ濡れのアイツと会った。自分がドジをして池に落ちたとアイツは言っていたが側にいた者たちは彼女の名前を口にし、アイツがそれを必死に止めていた。それらも全て嘘というのか?
「じゃあ、アイツが、彼らが、私を騙そうとしていたと?」
声に力が入る。まんまと騙されていたのか、私は。
「アイツさー、自分が我慢したらいいって言って、お前には絶対確認させなかったじゃん。お前も決められた時しか彼女と会えなかったし。彼女の従兄も自分がするからって立ち入らせなくてさ。俺らが酷すぎるから教師にと言っても表沙汰にしたくないとかなんとか色々言って。で、結局、最後にあんなことを。ほんと何考えてんのか」
そうだ、彼女に説明すると言っても誤解だし学園にいる間だけだからとアイツが言って…。けれど、どんどん酷くなっていって…。私も見てしまった、無様に床に転んだアイツとその側に立つ彼女を。
確かに私が彼女に会うのは手順がいった。その手間を惜しんだからこうなってしまった。
「お前さー、八年? 彼女と婚約してたんだろ。そんなことしそうな子だったん? そんなことしそうに見えなかったんだけどなー」
知らない。彼女がどんな性格だったのか。
六年間お互い誕生日にしか会えなかった。お互い贈り物をしただけだ。贈り物を渡すと頬を染めて小さな声でありがとうございますと言うのを、贈り物を受け取り礼を言うと強張った顔が綻び頬笑むのを知っているだけ。私が学園に入学してからは会うことは許されず贈り物とカードだけのやり取りだった。
他に知っていることを思い出そうとした時、扉が叩かれた。