第85回 ピロー・ソード 寝込みを襲われた時のため
間違っても鞘から抜いた状態で寝ないように
ピロー・ソード
枕の名前を持っている剣です。
その名の通り、枕の下に入れておけるようなサイズにしてある剣で、万が一寝込みを襲われたとしても丸腰にならず、なんとか対抗できるようにするために作られた剣になります。
寝室、それもベッドの中に仕込んで置けるようにしてあることからピロー・ソードと呼ばれています。
長さは60~70センチ程度、重さも500グラム程度と軽量でありながらも、そこそこの長さを確保しています。
通常の剣についていた十字や円形の鍔や手元のガードを取り払い、簡素な十字架のようなシルエットになるシンプルな形状をしています。
刀身も細く、まっすぐに作られているので、枕の下やベッドの脇に隠しやすい作りをしています。
こうした寝室に持ち込まれたり、隠されたりする武器というのは沢山あります。
錬金術師パラケルルススもアゾットという短剣を寝る時も手放しませんでした。これは寝込みを襲われるのを避けるためなのか、アゾットに宿っていると言われた悪魔との契約だったのか定かではありませんが、布団の中にまで持ち込んでいた事は確かです。
日本の時代劇でも、寝間着に着替えた武将が『曲者!』とか言って、天井に槍を突き立てて忍び込んでいる忍者を倒すシーンがあります。
ここで使っている槍は、枕槍とか忍び槍と言われる短い槍です。通常の数メートルもある槍だったとしたら室内で扱う事には向きませんからね。
このように寝室というのは人間が無防備になる場所の1つなのですが、まさか普段から鎧兜を着込んだまま寝る訳にはいきませんから、せめて護身用の武器が必要になるわけです。
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ピロー・ソードは命を狙われる可能性があった、王族や貴族の中でも特に身分が高い人物が持っており、彼ら専用の装備となっていきました。
まぁ、犯罪組織の中でも重鎮となる人物までいけば、枕元にナイフや短剣の1本も仕込んでいるように思います。
どちらにしろ、一般人には縁がない。良くも悪くも社会や組織の中でトップクラスの人物用の武器がピロー・ソードです。
一応分類では剣というカテゴリーになるのですが、全長が長くても70センチ程度なので、大体は短刀のようなサイズにおさまっていたのだと思われます。
そりゃあ、枕の下に大剣だとか仕込んでおけませんからね、どうしてもこの程度のサイズになっていまします。
それでも、身分の高い人達が持っていたわけですから、シンプルな形状とは反対に細工や飾りはとても豪華な物になっていました。
金や銀、宝石などで彩られ、柄頭や鞘には見事な細工や紋章が掘り込まれている事が多数ありました。
ピロー・ソードは儀礼的な理由や装飾的な意味合いでは表に出てくる事は無く、王や貴族でもピロー・ソードを持ち歩いたりする事はほどんどなかったため、それぞれの家の寝室に飾られたり、ベッドの周辺にしまってあったりするという事が大多数でした。
実際にこの剣で襲撃者を撃退したり、身を守ったりという情報はパッとは見当たりませんね。
というのも、寝室まで攻め込まれていたとしたら、ピロー・ソード1本では戦況は変わりませんし、忍び込んでくるとしたら、寝室に武器がある事くらい想定していますからね。
護身を考えると、建物全体の警備体制を考えた方がよっぽど効果的です。
コレクションのように、豪華な作りになっていったのも頷けます。実用性を考えるなら、豪華にする分の予算で見張りの1人でも雇った方がいいですね。
ピロー・ソードはどれだけ豪華にしたところで、人に見せる武器ではありませんから、地味な物でも効果は一緒です。
眠い!
枕の下に武器があるという心理的な安心もあったのかもしれませんね。




