第50回 スティレット またの名を慈悲の短刀「ミセリコルデ」
スティレット・ミセリコルデ
ドイツ語でスティレットと呼ばれている。日本語に直すと「鎧通」になります。
鎧を着た相手の肉体に直接ダメージを与える事ができる短剣です。
主に16~19世紀頃のヨーロッパで使われていました。
持ち手部分も含めた全長は長くても30センチと、テーブルワインのボトルくらいの長さをもってます。
十字架を思わせる形状をしており、剣先の部分にのみ刃が付けられており、刀身には刃がありません。
先端は三角、四角のようになっている物もありました。
重さは100~300グラムととても軽いので、穴あけの工具の錐が太くて長くなって柄と鍔がついた感じになります。
スティレットという用語だとピンと来ない方もいると思いますが「スティンガー」というと聞き覚えのある方も増えるのではないでしょうか
スティンガーも「突き刺す」という用語なので、鋭い棘を持つ植物や、突き技、ブランデーベースのカクテルの名前、などなど色々と使われていますので、単語としてもこっちの方が親しみを感じます。
スティレットの語源はステュルスという蝋の板に文字を掘ったりする道具からきています。
今でもステュルスと検索すると「タッチペン」の画像がヒットしてきます。確かにつつくように使うアイテムですね。
女性が履くヒールの名前で、ヒール部分が細く尖ったような形状の事を「スティレットヒール(スティンガーヒール)」とか言ったりしますが、この用語も短剣スティレットから来ています。
鎧の上からでも刺し貫くという短剣、街中でこれを持ち歩く事が危険とされて禁止令まで出たことまであります。
にもかかわず「慈悲」を意味するミセリコルデという名前も付けられていますね。
不思議ですよね、今回はこの危険な慈悲の短剣をとりあげて行きます。
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使い方、鎧の隙間から相手の急所を一突きして倒す。
というとってもシンプルな物です。先端はとても鋭く作られて、貫く事に特化しています。
道具に対して大変に失礼な実験ですが、ホームセンターなどで新品の錐と木片を買ってきて、勢いよく錐を突き立てるとかなり深くまで刺さります。
これだけで、木片を振ったりしても錐が抜けないくらいしっかり刺さります。
持ち手の部分を加工して、鍔を付けると手が滑らなくなるので、もっと強い力で突く事ができます。
実際にチェインメイルや革鎧を貫くとなると、結構大変です。
漫画やアニメでは金属をスパスパと切る戦士がゴロゴロでてきますが、実際には鋭い切っ先、重さが乗った突き、そしてピンポイントで力を加わるなどの条件が揃わないと鎖や革を貫く事ができません。
錐の実験でもわかるように、先端がこの形状で鋭いと強烈な貫通力を発揮します。
革製品を扱った事がある人なら、革の強度はよくご存じだと思います。これを貫いて全長30センチ、刀身部分20センチを差し込む攻撃ができる上に小さくて持ち運びがしやすいのがスティレットです。
革製品や革で作られたメイルなどの防護用品が登場してきたとき、プルプレートアーマーが銃の登場で退場した後など、このスティレットは有効な武器となっていました。
実際の戦争では間合いがあまりにも短いため、敵兵にとどめを刺すための補助武器として装備されていたと考えられます。
達人なら鎧の隙間を狙わずとも根元まで突き込めたともされているようですが、この短い武器をそこまで使いこなした人はそうそういなかったはずです。
なぜ、このような攻撃的な短剣に慈悲の名が与えられているかですが、それには戦争と宗教が関わってきます。
戦争では時にもう助からないという重症や、病や毒に侵されてしまうという事があります。
これが、数分で死に至るという事ならまだしも、幾日も苦しみながら徐々に死に向かう。
戦地であれば治療のために帰る事も出来ず、薬なども足りません、ただただ苦しむだけなら「いっそ、ひと思いに……」となる事もあるでしょう。
日本では自ら命を絶ったり、刀で首を打たせて一瞬で楽にしてもらうという事ができましたが、一撃で骨ごと切れるほどの鋭い刃物は世界を見てもなかなかありません。
さらに、宗教によって「自殺」という事が禁止されていたので、自死もできません。
何日も何日も苦しみながら死に向かうくらいならば戦友がこのスティレットを使い、苦しむ事なく魂を神の元へと送るということが行われました。
この苦しみを止めるという風習があったため、スティレットには慈悲の一撃を与えることができるという事から「ミセリコルデ」という名前でも呼ばれていました。
資料によってスティレットと書いてあったり、ミセリコルデと書いてあったりします。
「スティレット、もしくはミセリコルデ」
といった書き方の物もあるため、混乱しやすいですが、この2つの名前は同じ武器を指しています。
貫けぇ!
ドイツ語でスティレット
語源はラテン語
ミセリコルデは英語
らしいですが、言語には詳しくないので混乱中。