第177回 トゥルス 多方へ向く刃
トゥルス
知っている人は知っている。
持ち手から直線・曲線を描く刃が枝分かれするかのように伸びている投擲用のナイフですが……
ナイフ?
木が幹から枝を伸ばし、それが次々と別れていくという自然の姿、その交差点の部分を切り出したかのような刀身のため、とてもナイフとは思えません。
鍔が描かれているものもありますが、柄の部分に革紐などを巻き付けているものが多く、鍔の存在はハッキリわかりません。柄と刃の間に膨らみがあるように見えるので、その部分だけ太くなっているか、革紐などの巻き付けが余分にされている程度に見えます。
使われていたのは19世紀頃と意外と新しい武器でした。
北アフリカに所属しているスーダン、反エジプトを掲げるイスラム教のマフディー派に属する武装集団がこのトゥルスを使ったとされているようです。
もしかしたら、表に出てこなかっただけで、トゥルス自体はもっと古くからあるのかもしれません。
柄の先から切っ先までの全長が30センチ~50センチ程度ですが、枝のように広がる刃はそれ以上の大きさを感じさせてくれます。
人間が手にもつと、小さいようにも見えてしまうので、遠近感がバグるような感覚を筆者ピーターは持っているところですね。
刀身には幾何学模様というか、ラインや文様が刻まれていますので、そのシルエットと相まって独特な雰囲気を一層強めています。
時にクピンガと言われたりしますが、こちらは似たような形を持っていますが、刃の作りにより丸みが感じられて、使われていた場所も中央アフリカとなるようなので、トゥルスとクピンガは別の武器のようです。
この地域には特殊な投げナイフを使う文化が根付いているのかもしれませんね。
トゥルスの複雑な刃にもいくつかの方向性があるようで、切っ先が曲刀の先端のように細く仕上げているタイプ。
ツルハシというか、三日月を横にしたような引っかけることができるタイプ。
大きく2種類に分けられるようです。
今回の題材はこの奇抜な刃のトゥルスです。
それでは! いってみましょう!
◇◇◇
~トゥルス使い方 接近戦~
あちこちに枝分かれした刃があるので、相手の武器を絡めとったりするソードブレイカーのような使い方ができるようにも見えますが、こうした動きは難しいと思われます。
複雑な刃の形状のため、受け止めた時の力のかかり方も独特な物になるため、鍔迫り合いでは効果的に力を込めにくい形状です。
柄の部分もあまり太くない上に、鍔もないので力強く握り込むことは難しいでしょう。
ですが、切っ先は鋭い事がトゥルスの特徴の1つ。
首筋や手首などを狙えば筋や神経、血管などをスパッといける可能性は十分にあります。
独特な形状であるため、近接で使われると、どこの刃がどう動いてくるのか分からないので、非常に防ぎにくく感じます。
切っ先が来ると思ったら、それよりも長い刃が奥から襲ってくるかもしれません。
顔を狙ってきたと思ったら、腕に他の部分の刃が突き刺さっているかもしれません。
大きな動きで回避しないと、予期せぬ一撃をもらってしまうように思います。
ですが、この独特な形状を自由自在に接近で扱えるように訓練したとは思えませんので、やっぱり使い方は投擲と考えるのが妥当と言えそうですね。
◇◇◇
~トゥルスの使い方 遠距離~
主に投擲としてトゥルスは使われます。
見た目では重さがピンと来ないんですが500~800グラムくらいだそうです。
コンビニで手軽に買える500ミリリットルのペットボトルと同じくらいの重量ですね。
大型の物でも、ペットボトル1本とおにぎり1~2個買って帰ってくる時、店員さんに商品を入れてもらった買い物袋くらいの重さになります。
意外と軽いですし、買ったばかりのペットボトルですが、公園で思いっきり投擲してみれば、大体の飛距離もイメージできそうです。
トゥルスを投擲すると回転しながら飛んでいく事になりますが、多数の刃を持っているため、斧や通常のナイフを投げた時のように「特定の向きの時に威力を発揮」ということはありません。
運よく柄が当たったので助かった、何てことは滅多に発生しません。
飛来するトゥルスに当たれば、確実に負傷します。
しかも、独特な刃の形状のおかげで、落下した場所で跳ねまわる可能性もあります。
跳ねまわる時には投げられた運動エネルギーはかなり減少しているので、重症にはならないかもしれませんが、負傷することに変わりありません。
驚いたり、負傷回避のために人間は本能的に後ずさりするため、足止めや威嚇の効果にもなりますね。
さらに、トゥルスを効果的に投げるためには練習も必要だったでしょうから、相手から投げ返されるという可能性も比較的低かったのではないでしょうか。
投擲して、相手が引いたり体勢を崩したあとに、他の武器を用いて一気に接近戦に持ち込み、有利を確保する。
なんて使い方もできたかなと思います。
ただ、独特な形状のため製造は面倒なので、ロストする可能性がある投擲にバンバン使っているとは思えません。
このトゥルスを持っていることで、自分の所属や主張をアピールするポーズとなっていたと考えたほうがスッキリします。
遠くからでも目立つ形状であるため「旗」として見せる効果はあったのではないでしょうか。
そして、実際に投擲したときは、貴族の決闘で左の手袋を投げたとされるような「強い主張」や「対立の意思」を示すものだったのかもしれません。
そうだとすると、トゥルスによって負傷した話が見当たらないのも納得です。
◇◇◇
今回は珍しい武器としてトゥルスをあげました。
直接攻撃したのか、見せる武器として携帯していたのか、など色々考えてみました。
ですが、どうしても「対人」の武器であるとしか考えられません。
獲物を獲ったり、止めを刺したりするような狩りとしての武器ではないんですよね。
トゥルスの形状、効果、作り方、どれをとってもです。
もしかしたら、人の争いの歴史をずっと見て来た、そんな一振りが存在しているかもしれませんね。
導かれた!
マフディーとは日本語にすると「導かれた者」となるとのこと。
宗教的な要素は今回触れていませんでしたが、宗教的・儀礼的な要素としてトゥルスは扱われている側面もあるのかもしれません。