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第102回 エグゼキュージョナーソード 慈悲の断頭

エグゼキュージョナーソード

エグゼキュージョナーズ・ソード


 直訳しようが、意訳しようが、処刑執行人の剣と訳される剣です。


 斬首刑の道具としてヨーロッパで誕生しました。その名前の通り罪人への刑罰としてその首に刃を通すための専門の剣です。


 西洋の両手剣になるとかなりの大型の物が多く、握りになるグリップの部分は様々な持ち方できるようにかなり広く作られていますが、このエグゼキュージョナーズ・ソードは日本刀よりも若干狭いくらいの余裕の無いグリップに仕上げられています。


 また、切っ先は丸められていて、刀身はモノリスを思わせる幅広で一枚の板のようになっています。


 柄頭にはチェスのキングやクイーンを思わせる洋梨にラインを入れたような豪華な飾りが取り付けられて、グリップにも螺旋を描く切り込みなど、他の刀剣とは一線を画した細工がされています。


 シルエットだけでもこの剣が特別製と分かるような作りになっているということですね。

 物によっては刀身にも細工がされたり、文字が刻まれたりしていました。


 そもそも首を落とされるという刑罰を受ける事になるのは、武人や貴族など身分が高いとされている人物が多かったため、適当な剣で死刑執行しようものなら絵にもなりませんし、その誇りや身分に配慮されているとは言えなくなってしまいます。


 豪華な剣とそれと分かるような演出で、潔く命を終わらせてもらう。

 その姿を見せるために剣も専用の物が作られたという訳です。


 握りが短く、切っ先も無いというのは実戦に使われる事が無いとハッキリ言えるからですね。


 突くという攻撃方法が不要、命を奪うのですがその方法が断頭という手段になるため、急所を一突きという事がありえません。

 握りが短いのも、その断頭のための一振りに少しでも力を強くかけるためです。


 全長100~120センチ、重さ1キログラム前後というサイズ。

 歴史上には1540年頃から、このような処刑専用の剣が出てきたと文献に散見されるようになってきました。


 その後18世紀になり、ギロチンが登場するまで、このエグゼキュージョナーズ・ソードは使われていたとされています。


 処刑に使われなくなった後も司法の象徴として飾られたり、取り扱われたりしていたそうです。





~打ち首って難しい~

 処刑の方法というのは世界に沢山あります。

 その中でも死刑という命を奪うための刑罰は苦痛を伴う物が多く存在しています。


 吊るし首や水責めは呼吸困難で酸素欠乏から死に至るまでに時間がかかります。

 そもそも苦しめる事を前提とした物には、張り付けにして火をかける火あぶりや、死ぬまで石を投げつけられる石打ちなど、えげつない物も多くありました。


 名誉ある死を与えるために少しでも苦痛がなく、確実に死にいたらしめるために首に刃を入れて、頭と体を別れさせるという残酷でありながらも慈悲深い死刑として断頭という発想が出てきました。


 当初、断頭に使われた剣は歩兵や騎兵が帯剣しているような通常の剣や斧が使われていました。

 ですが、人間の首の骨とはかなり丈夫です。


 第一頸椎が砕けたら即死、第二頸椎が砕けたら生命維持に必要な部分が止まる、つまり人間の首が落ちなくてもこの骨を断てれば人間は確実に死に至ります。


 分かっていながらも、これが切れない、砕けない。

 骨というのはそれだけ丈夫なんです。


 試しに、近所のお肉屋さんで、冷凍の豚骨でも買ってきてみましょう。

 ラーメン屋さんではこれをカッチカチに冷凍して、ハンマーで砕いてスープの材料にしたりするあの豚骨です。


 家にある様々な刃物を用意して、豚骨をぶった切ってみましょう。


 出刃包丁は弾かれ、鉈でもヒビが入る程度、穴あき包丁や刺身包丁では刃がかけて、泣きながら砥石でシャッコッシャッコして切れ味を戻す作業に追われることになるでしょう。

 それだけ骨とは切れないものです。


 お肉屋さんにお肉を薄くスライスするためのスライサーという機械があります。

 スライサーは人間の指くらいなら簡単に落とせるほどの切れ味を持つ円盤状の刃が高速で回転することで、大きなお肉の固まりも、向こうが見えるほどの薄さにカットして、お肉を美味しく食べられるようすることができます。


 小さな骨が混ざったくらいではスパンと切り落とせるスライサーでも、大きな骨を両断する事はできません。

 刃が曲がってしまったり、切れずに詰まってしまって故障に直結します。


 骨を両断するなら、金切鋸かなきりのこのようなのこぎりタイプの刃で削り切るのが一番効果的です。

 でもこれは削り切っているので、切断とはちょっと違います。


 こうしてみると、断頭という行為には人間の体の中でもトップクラスに硬い首の骨を切らなければいけなくなります。


 当然普通の剣では一刀両断しようとしても途中で刃が止まってしまい、余計な苦しみを与える事になってしまいます。

 そのため、確実に首を落とすため、人間の強固な骨を断ち、呼吸器や太い血管を持つ肉部分まで切り落とす切断力が求められるようになりました。


 そこで登場したのがこのエグゼキュージョナーズ・ソードだったのですが……


 大衆の面前で、断頭という責任感がものすごいプレッシャーとしてのしかかる死刑執行人はこの剣を使ったとしても、緊張と倫理感で精神は極限まで追い詰められていました。


 緊張による手の震え、筋肉のこわばり、その状況は死刑を受ける罪人と同じレベルにまで死刑執行人は追い詰められていたことでしょう。

 そのため理想的な斬撃を放てる死刑執行人は限られていました。


 緊張を越え、極限状態を受け入れた極めて少ない執行人以外は例え、断頭専用に作られたエグゼキュージョナーズ・ソードを使っても何度も何度も剣を振り下ろす事になってしまいます。


 これでは、死刑を受ける者にとっても、執行人にとっても望まない苦行で冷徹な時間が訪れてしまいますね。





 残酷でありながら、慈悲深い、死刑専用の器具であるギロチンが開発されるまでエグゼキュージョナーズ・ソードは使われていました。


 ギロチンは確実に死を与えるという性能を持っており、死刑を受ける者にとっては何度も斬首のために刃を振り下ろされるという状況を回避させ、一発で死を与えてもらえる道具。


 死刑執行人にとっても、一撃で首を落とさなければならないという想像を絶するプレッシャーを回避するための道具となりました。


 事実、ギロチンの配備にともなってエグゼキュージョナーズ・ソードは急速に使われなくなっていきました。


 現在残っているエグゼキュージョナーズ・ソードのほとんどはドイツ製とされており、西洋の歴史を知る上で重要な物となっています。

覚悟!


 死刑を受ける側も執行する側も、想像を絶する精神状態になっていたはずです。

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― 新着の感想 ―
[一言] イギリスとかは、斧とか使ってましたよね、確か。 ドラローシュの描いた『レディ・ジェーン・グレイの処刑』には斧が描かれてましたし。 日本でも切腹の際、介錯っていうのが行われてました。 切腹っ…
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