#8 アハト=パンドラ
悠夏は、地元の学校名を聞いて驚いていた。その反応を見たシェイは、ひとつ気になったことが。
「なんで……。それなら、龍淵島があった世界が、螢の本来の帰るべき世界のはずだよな……」
シェイがまたひとりで考え込んでいる。螢は龍淵島の灯台で、”セツナの歯車”を使い、別の世界へと移動した。てっきり、自分の知っている世界でもないと、シェイも勘違いしていた。一瞬、志乃の世界を探しているのだろうかと、考えたけれど、本人のみぞ知ることだ。すぐに考えを切り替え、
「いずれにしても……。この世界は、螢が創作していた世界に類似してる。螢の魔法の暴走を止めない限り、俺たちはもとの世界には帰れない、って考えるのが妥当だろうな……」
「魔法……」
悠夏はメモしていた手を止め、そのまま書くか悩んだ。もとの世界に戻った際に、調べようと警察手帳にメモしているが、流石に魔法とは書けない。
「佐倉巡査。今は、そのまま書くしかないですよ」
鐃警にそう言われて、止めていた手を進める。気になるところは、正式な調書や事件の報告書を書くときに考えよう。
シェイは先ほどと同じ内容をもう一度話した。しかし、詳細は話さなかった。熊沢やマックスは、黙ったまま。フロールも黙っている。鐃警と悠夏は、さらなる話を聞こうとしたが、
「それ以上は……、話せない……」
「話せない……。そうですか、と言うわけにはいかないんですよね……」
鐃警が頬を掻くような仕草をし、
「警察という立場的には、追求をしないといけませんので」
そうですよね、悠夏巡査? と言いかけたとき、悠夏はご飯を頬張っていた。鐃警は細い目をして
「今、大事なところですよ?」
「これ美味しいですね。どこのお米ですかね?」
「佐倉巡査……?」
「警部。あんまり突き詰めると、折角のご飯が冷めますよ」
悠夏はそう言って、話を逸らしてご飯を食べる。
*
殲滅まであと3日。早朝から、シェイとケン、ヤイバが城内の地図を見ながら話し込んでいる。そこへ起床したハガネが
「なに、朝から揉めてんだ?」
「いや、シェイから聞く話と、城内の地図が合わなくて……」
ケンが困ったような顔でそう言った。そもそも、揉めている城内の地図は
「それ、ケンとアキラが直に調べた地図だろ? 見落としぐらいあっても不思議じゃないだろ?」
「あるかもしれないけど……」
ケンはハガネの指摘を否定はせず、
「一般の立ち入りが出来る場所は念入りに調べたけれど、不自然なところは……」
シェイは城内一階、図面の左側を指差し
「この辺りに階段があったはず……」
「扉や不自然な空間は無かったけれど……」
ケンはそう言い否定も肯定もしない。シェイも記憶とは異なる部分があるため、自信を持って言えない。揉めるというか、どちらも迷っており、自分が間違えているのではと、下手に出ていると言うべきだろうか。
城内のことは知らないヤイバは、お手上げのポーズ。ハガネは、ため息をつき、
「一般の立ち入りができるところなら、直接見に行けばいいだろ? 直接見て、白黒はっきりさせて、その次の事を考えればいいだろ」
ハガネはそう言って、今日もどこかへ出かけていく。ハガネを黙って見送った後、ヤイバは
「毎日、ハガネは何処に行ってるんだろな?」
おそらく、ヤイバが知らないということは、誰も知らない気がする。ケンとシェイは、互いにどうするか譲っている。沈黙が流れると、先ほど出て行ったハガネが戻ってきた。
ヤイバは気付いてすぐに、
「ハガネ? 早い帰りだな」
「どうやら、お客さんみたいだぞ」
ハガネが連れてきたのは、初めて見る少女であった。両手で箱を持っており、見た目から察するに、6歳ぐらいだろうか。きょとんとする3人に、ハガネは
「外に出たら、この子がいた。誰の客だか知らないが……」
ハガネが説明を終える前に、少女はハガネよりも前に出てきて
「あなた方をこの地に呼んだのは、この私です。このままでは、大変なことになります」
唐突な展開に、ケン達どころかハガネも黙って、それぞれの顔を見る。シェイが頭を掻いて、
「つまり、この世界に呼んだのは、螢でも志乃でもなく、君だと……?」
「はい」
幼い少女は、はっきりと言い切った。ヤイバが少女に名前を聞くと、「ユイアです」と答えた。
「シェイは知ってる?」
ケンは物語の登場人物にいるかどうかの確認で聞いたが、シェイは首を横に振った。
鐃警と悠夏が起床し、挨拶する前に現状を見て
「これ……、どういう状況ですか?」
「俺たちも、まだ分からない……」
シェイがそう答えると、少女ユイアは箱をシェイに差し出し
「この筺を託します。パンドラの筺は、友人であるあなたが管理すべきです」
シェイは、開けてはいけないはずの”パンドラの筺”を無理矢理押しつけられ、困惑しながら持たされた。
「あなたが知っているのは、龍淵島で螢の魔法を受けたから。それまでは、”廃忘薬”で忘れていたはずです」
”呪詛石”という、強制的に願いを叶える呪縛により、その当時シェイは飛蝗の姿になっていた。本来であれば、飛蝗の姿で魔法は使えない。龍淵島に着いた際、螢の魔法によって、一時的に人の姿に戻った。そして、魔法も(制限付きだが)扱うことが出来た。状況的に、螢の魔法による影響は100%だった。
廃忘薬は、悠夏達の関わった事件でも登場した薬品と思われる謎の効果薬だが、服用した人物以外に影響する。効果は、自分に関わる記憶を、使用した本人以外から消すという、普通では考えられないような効果である。
「星空 螢君が廃忘薬を使用し、周囲の人間から螢君に関する記憶がないとすれば……」
廃忘薬について知っている鐃警と悠夏は、なにやら小声で話している。シェイは、少女ユイアに対して
「螢のことは、龍淵島のときに思い出したけれど……」
すると、黙っていたヤイバが
「龍淵島で、俺が”ケイが魔法を使える可能性”を聞いたとき、シェイは”使えないって”答えてなかったか?」
「使えないとは、言ってない。考えない方が良いとだけ……」
当時、ヤイバに聞かれたシェイは、少し沈黙した後「考えない方が良い。不確定要素に頼ると、危ない……」と答えていた。
「あの時は、螢が魔法を使って、俺の補助をしていた。説明すると長くなるから……、螢の魔力の残量や状況から考えて、不確定だと思ったから……」
シェイは自分でも苦しい言い訳だと思った。螢に関して、知っていることを、いろいろと隠している。ユイアは
「そのパンドラの筺は、螢に関する記憶が入っているの。その筺を開ければ、どうなるか……」
ユイアの発言から考えると、シェイが螢に関する記憶を全て持っている訳ではなさそうだ。螢の魔法による干渉で、ほんの一部分を思い出したに過ぎないのだろう。しかし、それでもシェイは、知っている全てを話していない。この状況下では、シェイが追い詰められているようだ。
To be continued…
螢に関することも書きつつ、シェイの過去も触れつつ、龍淵島の話もして、悠夏と鐃警が知っている廃忘薬についても説明し、シェイが飛蝗になっていた理由である呪詛石や、ケン達が知っているセツナの歯車の話もしないと……。と、いろいろ盛り沢山ですな。文章で説明しきれないよ。ということで、後書きで改めて説明というか羅列します。
・呪詛石:『紅頭巾』シリーズにて登場。どんな願いでも、呪詛石の前で思った瞬間に叶えてしまうまたは、叶うまで長期間の補助を行う力を持つ。なお、長時間に渡る願いであれば、その願いが叶うまでの間は、人間以外の姿になるというありがた迷惑どころの話ではない。シェイは呪詛石により、ロートン国へ帰国して、飛蝗の姿のまま過ごしていた。熊沢も同じく呪詛石で熊の姿をしている。
・廃忘薬:『エトワール・メディシン』にて登場。服用すると、自分以外の人間から、自分の関する記憶を消すことができる。記憶の復活は難しく、強いキッカケや長い時間が必要となる場合が多く、もともと身近だった人物でも思い出すのは困難である。
・セツナの歯車:『黒雲の剱』にて登場。時空を往来できる道具だが、1度使うとエネルギーのチャージにかなりの時間がかかる。なお、使用が1度限りの場合もあると思われる。セツナの歯車は、漢字で書くと”刹那の歯車”と表記されるが、何故”セツナ”と呼ばれるかは不明。
・龍淵島でのシェイと螢:前作『龍淵島の財宝』にて、飛蝗の姿だったシェイは、螢の魔法により、もとの姿になっていた。変化の魔法は、螢の魔法により発動していたが、シェイの姿が戻ったことによって、魔法を使えるようになり、魔力の消費を螢とシェイの両方で補っていた。当時、螢のスタミナが切れたあとは、飛蝗の姿に戻った。螢から魔力を受けとったことにより、螢に関する記憶を一部だが思い出した。だが全部ではないため、どうしても不確かなことが多く、それでシェイは苦悩しているようだ。
本編の話に戻り、パンドラの筺に関しては、シェイ以外は静観しそう。メンバーの中で、強要するような人もいないし、止めるような人もいない気が……。