#20 ツヴァンツィヒ=エニグム
横になった螢のところへ、シェイが近づく。それに気付いたアキラが
「もう大丈夫なのか?」
「俺の方は、準備完了。あとは、種を取り出すだけ」
シェイは、螢の様子を見たあと、ハガネとアキラに対して
「種を吐き出させるのに、螢を逆さにして欲しい」
「逆さにして、背中でも叩くのか?」
ハガネの質問に、シェイは頷いた。ハガネは、マジかよという顔をし、アキラの方を見て
「何体倒した?」
急に、倒した兵士の数について聞かれ、
「67」
「俺は78」
アキラは「げっ」と驚き、黙って螢の両足を持つ。上半身はシェイが支える。近くに、機関室のメンテ用と思われる踏み台があったため、それに上って高さをつくる。アキラが、螢を逆さにすると、シェイは目を瞑って、螢の背中に触れる。叩かないようだ。
「どこだ……」
どうやら、背中に触れて種を探しているようだ。アキラは、螢が少しでも動かないように注意しつつ、時間がかかりそうだと思い、自分の両足を肩幅に広げる。
シェイは、真っ暗な空間から種を探す。
(何処に根付いている……?)
あちこち探していると、何かが一瞬だけ光った。通り過ぎたあとだったため、光ったであろうところへ戻ると、また一瞬だけ光る。
「あった……」
シェイは、一呼吸して魔法を使うと、螢の体内から数センチほどの黒紫色の種が、床に落ちた。
シェイとアキラは、ゆっくりと螢を横に寝かせる。アキラは、シェイに
「逆さにする必要あった?」
「そういう条件だから」
「そう……」
腑に落ちないが、魔法の条件なら満たす必要があったのだろう。高みの見物だったハガネは
「さっきの数だが、アキラが気絶させてなかった兵士もいたぞ」
「ん?」
「俺が気付いて、倒した」
どうやら、アキラが倒し損ねていた兵士がいたらしい。それを何体か、追加の一撃でハガネが倒していたみたいだ。それを聞いたアキラが、ハガネと言い争いを始める。
一方、シェイは床に落ちた種を拾い、
「これは、処分しないとな……」
右手の親指と人差し指で掴んだ種に、魔法で青い火を付けて灰にもならないように、抹消した。
シェイは、フロールに終わったことを告げると、フロールは詠唱をやめた。
「終わったんだね」
「そうだな。まだ、残ってるけど……。全員を甲板に集めてくれ。その間に……、俺はやることが少し……」
呼びかけはフロールに任せ、螢や疲弊しているケンとヤイバは、アキラとハガネに任せる。シェイは、1人で船の操舵室へ。
操舵室には、人影がある。シェイは、その人影に近づく。シェイの存在に気付き、
「久しぶりだね。シェイ君」
操舵室で舵を握っているのは、ケン達が見たカイダ国王と似ているが、姿が違う。国王の王冠や衣装ではなく、スーツ姿だ。それに若く感じる。
「なんで、あんたがここにいるんだ?」
「今回、君のしくじりをカバーしたんだが。螢君が、君から”魔法の種”を盗み、暴走。さらに、”廃忘薬”でみんなから記憶が消えた。シェイ君も忘れていたんだよね? 龍淵島で、螢の魔力を共有したことで、一部を思い出した。そして、今回の。2度目の”魔力の共有”で、すべて思い出したのかな?」
シェイは黙っている。謎の若い男は、少し笑い
「つまり、僕がいないと、螢くんはどうなっていたか」
シェイは何も言えず、唇を噛みしめる。
「シェイ君。君、全部、顔に出てて、面白いね」
シェイは、頭を掻き、
「不甲斐ないけど……。今回のことは、礼を言う。けど、結局、あんたは誰なんだ……?」
「さぁ。誰でしょうね……。君に会うのは、富都枝と今回で2回。それよりも前には、会ってないし、また会うかどうかも……」
「カイダとは違うんだよな……? あと、螢が言っていた研究員でも……?」
「違うね。そうだな。スクレとでも呼んで貰おうか」
「……?」
シェイが困惑した表情をしたので、スクレはまた少し笑い、
「フランス語で、秘密って意味。螢と志乃のこと、最後まで面倒を見ないと。特に思い出したのなら……一層のこと」
スクレは、舵を右に回し、船の向きを変える。舵を戻して、真っ直ぐ進むようにすると、振り返ってシェイの方を見る。
「あの子の名前、屋嘉部 志乃。本人は憶えてないみたいだけど、あの子の持ち物に書かれてた。尤も、掠れて普通には読めないけれど」
「ヤカブ……?」
「おっと、そろそろ時間だ。ほら、デッキで皆が君のことを待っているよ。もとの世界に帰る前に」
シェイは、スクレに聞きたいことはあるが、どう聞けばいいのか分からず、悩んでいると
「人助けに理由はいらない。君が、富都枝のときにそう言った。だから、今回で、借りはなし。早く、戻らないと、挨拶する前にもとの世界に戻るよ。あと3分」
具体的な時間を聞いて、シェイは慌てて
「今度会ったときに、いろいろと聞くから……」
最後まで言い切れずに、諦めて操舵室をあとにする。
扉が閉まったあと、スクレは再び舵を握り
「フロールたちの前では、皆が不安にならないように振る舞っているけれど、ひとりの時は全部顔に出てる。やっぱり子どもだな」
スクレはまた小さく笑い、
「ワーティブ・ディーラさん。あなたのお孫さん、頑張ってるみたいですよ……」
*
「ケンさん……大丈夫ですか?」
イオに起こされて、気が付いた。周囲を見渡すと、旅館みたいだ。
「イオ。僕らは、どのくらい寝てた……?」
「30分ぐらいですかね?」
と言われ、ケンは隣で寝ているアキラを起こす。
「アキラ。起きて」
「ん……。あれ? ヤイバ達は?」
アキラが寝ぼけて、欠伸をする。イオは首を傾げて
「ヤイバさん達は、島に帰ったじゃないですか。龍に関しては、このメンバーで行動するって」
「そうだっけ……?」
イオは、アキラの言葉に呆れて
「もういいです。もう一眠りしたらどうですか。知りません」
*
悠夏は目を覚まし、目を何度も掻く。時計を見ると11時半過ぎ。付けっぱなしだったテレビは、誰もいない首相官邸の記者会見室が映されている。テロップは、”新元号まもなく発表”。
悠夏は、今日が新年号の発表日だったことを思い出し、
「警部。起きてください。もうすぐ年号が発表されますよ」
悠夏がテレビの音量を大きくすると、鐃警が起き上がり、充電用のコンセントを引っこ抜く。
テレビに、粂官房長官が出てきて、会見が始まる。
「先ほど、元号を改める政令を閣議決定しました」
そう言って、元号が書かれた額縁を持ち上げ、”令和”を発表する。
「新しい元号は、”令和”であります」
フラッシュが焚かれ、速報のテロップが入る。
「”令和”。全く予想してなかったなぁ」
元号の話をしようとしたが、鐃警が
「佐倉巡査、星空 螢って知ってます?」
「……知ってますけど。やっぱり、夢じゃなかったんですね」
両者が同じような夢を見ていたとしても、細かな事も含め色々と話をしたが、合致し過ぎていた。
「……至急、星空 螢君について、捜査します」
悠夏と鐃警が捜査を始め、クラス担任の香村 由岐が、今は田園都市線と市営地下鉄のあざみ野駅付近に住んでいることを知った。4月4日午前9時にアポを取り、話を伺うことに。
2019年4月4日木曜 午前9時。あざみ野駅のカフェで、待ち合わせた。
「ご協力頂き、ありがとうございます」
悠夏がお礼を言い、「どうぞ、こちらで支払いますので」と言い、メニューを渡そうとすると、
「お言葉に甘えて、珈琲を」
それを聞いて、鐃警が手を挙げて店員を呼び、注文する。
「それで、どんなご用でしょうか?」
香村は教員を退職し、現在は結婚して専業主婦とのこと。
「香村さんが担任されたクラスで、星空 螢という子について、憶えてないですか?」
すると、香村は顎に右手を当てて考え、しばらくして
「すみません。いつぐらいですか……?」
「実は、それがまだ分かっていなくて……」
悠夏が申し訳なさそうにしたため、香村は
「ごめんなさい。思い出せなくて……。担任したおおよその子どもは憶えているんだけど、たまに思い出せなくなることがあって……」
螢が”廃忘薬”を使用していることは、すでに分かっていた。だから、担任の香村も憶えていない可能性は考えていた。
「では、シェイという短期間の転入生は憶えていますか?」
「それなら。ただ、いつだったかは……」
悠夏は、香村からシェイに関していくつか質問し、いろいろと聞いたが、かなり記憶が曖昧だった。結局、予定の2時間を使い切り、「後日、またお聞きするかもしれません」と告げて、解散した。
スマホを見ると着信履歴が2件あり、折り返すと近くで発生した事件の応援要請だった。もう1件は、榊原警部からで、電話すると
「佐倉巡査から依頼のあった件、調べてみたら、とんでもないことが分かった。星空 螢の母親が、何者かに殺害されていたみたいだ」
「さ……、殺害!?」
「事件は解決していない。行方不明の螢君が見つからず、犯人の手がかりもなし。それと、螢君についてだが、児童相談所に該当の名前があった」
異世界での物語は終わるが、螢やシェイの過去に一体何があったのか。そして、志乃についても謎はまだ多い。
異世界侵攻や螢の魔力暴走は阻止したが、全てが明らかになるには、まだかかりそうだ……
THE END...
螢・志乃篇の第二部、最終回。『龍淵島の財宝』とは違い、第三部へ「続く」という形で終わりました。三部作なら、第二部って続く系が多い気がするので……?(三部作なのか四部作なのか、次回の進行次第で螢・志乃篇を終えるかどうか決まるかと)
例年通りなら、第三部は2020年12月開始で計画しています。先にはなりますが、三部目が始まった際は、そちらもよろしくお願いします。
また、登場したキャラの『紅頭巾』『黒雲の剱』『エトワール・メディシン』『メイズ・ラビリンス』なども、よろしくお願いします。
ちなみに、各作品の時系列としては、『紅頭巾』は、『紅頭巾4』よりも『紅頭巾5(仮)』が終わった後ぐらいでしょうか。かなり先ですが……。『黒雲の剱』は、第78章以降かと。
『エトワール・メディシン』は、第46話あたりですね。『メイズ・ラビリンス』は、正直どのタイミングでも話は合うかと。