#14 フィルツェーン=ランコントル
徳島県西阿波市にある私立富都枝学園附属小学校。とあるクラスは、転校生が来るとざわついていた。しかも、海外の子らしい。クラス担任の女性教諭、香村 由岐が、名簿を持って教室に入ってきた。教室には、24人の生徒がいた。星空 螢は、窓際の前から4番目で一番後ろだったが、その後ろに転校生用の机と椅子がある。
香村先生が教壇に立つと、日直が号令をかける。
「起立。礼」
「おはようございます」と元気よく挨拶をする。中にはぼそっと言うようなクラスメイトもいるが、いつものことだ。ただ、思い出せないのは……、あれは何月のことだったのか。それと、何年生だった……?
黒板の右端にある日付を書くスペースは、元々印字されている” 月 日”のみで、日付は書かれていない。
着席の号令で、一同が座ると、好奇心旺盛なヤツが
「先生。今日転校生がくるんですか!?」
と、香村先生の進行を阻害した。香村先生は、出欠確認を後回しにして、教壇を降りて扉を開き、転校生を教室に招き入れる。
再び、香村先生が教壇に立ち
「今日から、新しくクラスの仲間になるシェイ・ディーラ君です。どうぞ、自己紹介して」
シェイは教室内を見渡す。私服の学校であり、教室の後ろには、習字や図工の絵が飾られている。
「シェイ・ディーラです。祖父の関係で、臨時に入学することになりました。どれくらいの期間、一緒にいられるのか分からないけれど、よろしくお願いします」
シェイはお辞儀をして、教室内は拍手が起きる。中には、「すごい」「日本語上手」という声もある。それは、シェイの祖父のおかげだろう。あとは、ロートン国が英語圏ではなく、様々な言語のうち日本語に近いような言語であり、そういった環境の理由もあるだろう。
香村先生はシェイに関して、
「シェイ君のお祖父さんが、富都枝総合病院に入院していて、その関係で、特別入学となり、このクラスで過ごすことになりました。先ほどの自己紹介のように、日本語をある程度は喋れるそうですが、今後、日本語や日本の文化について、分からないこともあると思いますので、シェイ君が困っていてもいなくても、皆で優しくするように。あと、片谷君。変な日本語を教えないように」
名指しで注意されたのは、先ほどの好奇心旺盛なヤツだ。クラスのムードメーカーでもあり、ジョークやふざけたことをして笑いと取るが、根は真面目で一線は越えない子だと思っているが、念のため。すると、「先生、それはフリですか?」と、クラスの笑いを誘う。
香村先生は新米の教諭であり、クラスを担任するのも初めてである。難しい言葉を使わないように、喋りながら模索しているのが、生徒にも伝わっている。先ほども、”流暢に”や”切磋琢磨”などの言葉が頭を過ったが、使わずに喋っていた。
「シェイ君の席は、窓際の一番後ろ。分からないことがあれば、前の席の星空君や隣の列の高山さんに聞いてね」
シェイが席に着くと、香村先生は出欠を取る。いつもは名字のみで確認するが、シェイのためにしばらくの間、フルネームで点呼することにした。
「相馬 雅君」「はい」「岩谷 宗那君」「小野田 美結ちゃん」「はい」
*
額を汗が流れる。カイダ国王や兵士たちに、機関室の扉を突破されるのも時間の問題だ。戦闘は激しく、頑丈な造りでなければ壁に穴が開いていただろう。船の動力源に根付く紫の木は、細い枝を撓らせて、直接攻撃をしかけてくる。さらに、魔法による攻撃も増えてきた。エネルギー弾のようなものを飛ばしたり、レーザービームのような攻撃をしたり。悠長に持久戦だからといって、体力を温存できるような状況ではなくなったのだ。ケンは伝説の剱である合成シルバーソードを使う。ヤイバも自身の剱からライトニングソードに持ち替え、戦っていた。なお、どちらも宝玉は填めていない。宝玉を填めると、パワーは上がるものの、すぐに体力が底を突く。
一方、シェイは魔力を節約しながらも2人のサポートをしつつ、次の手を考え倦ねていた。兵士が突入してくれば、敵対勢力が増え、”魔法の種”に対する攻撃が落ちる。そうなると、”魔法の種”の回復力が勝るおそれもある。折角削った魔力を回復されると厄介だ。出来れば、志乃を救出してフロール達が合流するまで、最低でも均衡状態をどうにか保ちたい。
自分が”魔法の種”を持っていたことが原因だ。シェイは、自分自身を何度も責めた。当時、ある緊急事態に備えたが故、ではあるが、管理が甘かった。
ヤイバは細い枝を剱で斬ると、魔法の種に関して、シェイに1つ確認する。
「”魔法の種”が魔力を溜めるって事は、さっきのレーザーやエネルギー弾で消費させるのは有効ってことか?」
「枝による攻撃に比べれば、消費量は多いとは思うけど……」
確証はない。”魔法の種”の暴走に関しては、あまりにも知識が乏しい。書物の知識だけでは、太刀打ちできない。かと言って、知識を持つ者がこの世界にいるだろうか。もとの世界に戻れば、いるかもしれないが……。
「枝を切れば、再生に魔力を消費するだろうが……、持久戦だと辛いな……」
ヤイバは汗を拭い、剱を構える。神託の国をはじめとする国々は、殺傷を禁止しており、ケンやヤイバの持つ剱は、切れ味がわざと鈍くなっている。だから、斬るのは不得意だ。
機関室の扉を力尽くで開けようと、兵士が体当たりをし始めた。この船は頑丈に造られている。そう簡単には突破できない。造ったのは彼らなのに、その頑丈さがこちらにとって有利に働いている。
「あのまま”扉を抉開けること”に執着してもらえれば、こっちは楽なんだけどな……」
ケンが枝の攻撃を避けて、そう呟いた。船は彼らの技術によって造られたもの。つまり、加工できる技術がある。扉よりも蝶番のところや、そもそも壁を開けるのもひとつだ。すでにそれに気付いていて、準備していることも考えられる。壁も万が一に備えて、厚みがある。扉を開けて機関室に入るときに、気付いた点だ。機関室で暴走したときの安全策なのだろうか。
*
マックスが壁に埋め込まれたスイッチを押す。すると、床の壁際に一定間隔で設置されたLEDが点灯し、緑色を発する。安全に進めることを示しているのだろう。暗証番号を必要とした扉に苦戦したものの、ハガネが入手した情報を得てからは、サクサク進む。兵士もいないため、戦闘はない。
「シェイ君の言うとおり、兵士どころか誰にも会わないですね」
鐃警は前後を確認するけれども、自分達しかない。シェイの使った人気探索魔法により、人がいないことは知っていた。ただ、本当に何も無いと、歩くだけで物寂しさもある。
「警部。余計なことは、考えないでくださいね」
悠夏がなんとなく釘を刺すと、
「緊張感を保たないと、いざという時に反応できないので」
「ロボットに緊張感ってあるの?」
フロールの純粋な疑問に、鐃警は予想していなかったようで、返答がすぐにできず
「電圧が上がるんじゃないんですか?」
と、熊沢のジョークかマジで言っているのか分からない発言に、鐃警はのっかり
「血圧が上がるみたいに言わないでくださいよ。過電圧は厳禁ですよ」
と言いつつ、「いや、ある意味そうかもしれない……」と1人でブツブツと……
To be continued…
なんとかギリギリながらも毎週更新継続中。
富都枝学園のシェイと螢の話は、次回の第三弾で計画しています。おそらく、『紅頭巾』シリーズで登場していない、シェイの祖父やその友人も出てくるのかな? 例年通りなら、第三弾も12月1日開始かと。9ヶ月後か。先の話よりも、今のギリギリの状態を何とかせねばな。ストックを持ちたい。
さて、ケンとヤイバ、シェイは持久戦の状態ですね。可能であれば、彼らも短期決戦にしたいのだろうけど、それが出来ないので苦労しています。底の見えない”魔法の種”の魔力。国王や兵士の乱入になれば、厳しい局面になりそうです。
そういえば、螢について詳細が明らかになってきましたが、志乃については分からないことが多いですよね。