#10 ツェーン=メモワール
「まだ?」
フロールがいつ結界の魔法を解くか、熊沢に確認するけれど、そんなことを熊沢が知っているはずもなく、
「3分ぐらい、待ちませんか?」
と、適当に時間を決めて答えた。全てを遮る結果の中では、シェイの目の前で、少女のユイアが最期の言葉を話していた。
「螢は思い違いをしているみたいです……。憎んではいたけれど、何年も自分が手を下すようなことはできなかった。あの日……、シェイから盗んだ魔法の種が、螢を苦しませてる……」
シェイは俯いたまま、
「星空家のことは、何とかできないかって、相談してた……。でも、間に合わなかった……。あの時は、助けられなかった……」
あの日々を思い出した。思い出すと悔しくて、助けられなかったことも……。
「ユイアって……、あの日……、事件に巻き込まれた野良猫だったんだな……」
事件。当時としては、衝撃的だった……。雨の日だ。螢の母親が亡くなった。そして、その日、螢が失踪した。廃忘薬を使ったのも、その日だ。だから、螢を探せなかった……。皆の記憶から消えたから……
現場には、近所で有名な野良猫が発見された。それが、ユイアという名前で呼ばれている、猫だった。
「螢は、やってない。でも、自分がやったと思ってる」
「だから、自分の本来の世界に帰れないのか……。帰っても居場所がない……。ならば、志乃を助けるべく、動くはずだけど……」
おそらく、魔力が自分のコントロールできないぐらい肥大化して、暴走しこんな騒動になっている。
魔法の種は、シェイがもしものときに備えて、当時1つだけ持っていた。螢がどうやって知ったのか、シェイは分かっていない。病院で祖父と話している内容を聞かれたのだろうか。シェイは祖父と2人っきりのときだけ、魔法について話をしていたことがあった。
色々と考えていると、いつの間にかユイアが猫の姿になり、
「螢を救って……」
そう言って、段々と消えていく。ユイアは死後、彷徨っていたのかもしれない。螢の魔力の影響かは分からない。だけれど、よく世話をしてくれた螢を助けたいと思い、このときまで頑張っていたのだろうか……
ユイアの姿が消え、結界が弱まってきた。中の様子見で、フロールが調整しているのだろう。
「もう大丈夫?」
結界の外からフロールの声が聞こえると、シェイは
「もう大丈夫」
とだけ答えた。
*
宮殿内。カイダ国王は、まだ起床前。側近や兵隊が忙しなく働いている。一角では、上への報告をしているようだ。
「船のエネルギー充填が、予定よりも早く終わりそうです」
「時間にして、12時間から20時間ほど早まるかと」
「兵器および機器、食糧の搬入は、今晩の完了予定です」
3人の兵士。兜を模したエンブレムを胸に付けている。それぞれ、色が異なっており管轄が異なるようだ。
兜と星のエンブレムを付けた統括官と思われる人物は
「各隊の報告、承知した。報告通りであれば、国王様の判断により、日程が早まることが考えられる。各隊、抜かるなよ」
3人の兵士は隊長のようだ。敬礼をして、統括官に報告書を渡している。解散するのかと思えたが、1人の兵士が
「統括官殿。例の異世界人に関してですが、船内の牢獄へ移送しましたが、移送中に暴れて、うちの隊員が負傷し、罰を与えたいのですが……」
「当初の通り、傷はつけるな。捕虜への切り札になる。丁重に扱え」
*
螢に関する記憶が戻れば、質問攻めになるだろう。そう思っていたが、
「シェイ君、なんともない?」
一番に心配して駆けつけたのは、フロールだった。その後に熊沢が
「さっきの子、いなくなりましたね……」
シェイはゆっくりと頷いて、「螢を救ってくれって、お願いされたよ」
「シェイ君の場合は、たとえ、お願いされなくても、助けに行くつもりですよね?」
「そのつもりだったけれど。ますます、助ける理由が出来た」
「それじゃあ、私達は、これからどうすればいいですか?」
熊沢はシェイに対して、螢の記憶に関してではなく、今後の策について聞いてきた。
「正直に言うと、今すぐ宮殿に突撃して、助けに行きたいけれど……。多分、準備が必要だな」
ケンも螢に関することは聞かずに、シェイの言った準備に関して
「準備って、いつ仕掛けるつもり……?」
「早いほうがいい……。螢の描いていた漫画の通りなら、殲滅戦は20時間……。いや、それよりも早まる……」
「おい。早まるってどういうことだ? 説明しろよ」
ハガネが相変わらず、少し棘があるというか、命令するかのような口調だった。ヤイバが小声で「そんな言い方しなくても」と言っていたのが、静まっていたおかげでシェイの耳にも届いた。
「螢の漫画は、まだ描いている途中だった。だから、結末は俺も知らない。本来の物語なら、途中で登場した勇者によって、殲滅までの時間が延びた。でも、今回は敗北している……」
カルメに勇者の所在を聞いた際、巨大な力を得たカイダ国王に敗れたと話していた。強大な力とは、螢の暴走する魔力であろう。マックスはそのあたりを考慮して、推論を声に出し
「螢君は国王に幽閉……あるいは、それ以上……、自由を束縛され、力を国王に掠奪されている可能性が考えられるということですか」
「……どうやって異世界に行くかも分からないし、志乃の居場所も分からない……」
シェイは、螢に関する記憶が戻っただけで、現状のことは分からない。ただ、ひとつ……できることとしては……
「今、出来ることとして、龍淵島での出来事に関して、フロールたちの記憶を戻すというか……、思い出すようなキッカケは作れると思う」
「そんなことが出来るんですか?」
熊沢は、記憶が戻るのはシェイだけだと思っていた分、余計に気になったようだ。
「キッカケに過ぎないけど……、灯台内の出来事を、即伝達魔法でやれば思い出すかもしれない。もしかしたら、駄目かもしれないけど……」
即伝達魔法は、伝えたい事柄を瞬時に複数人へ伝達する。相手の脳裏に直接アクセスしてやり取りを行う。そのため、一瞬間で正確に伝達するため重宝されていた魔法であった。最近はその人の知られたくない情報も同時に伝達されるおそれがあるため、需要は低くなっている。あくまでも、その人が見た光景や聞いたことがありのままに伝達される。もう一つ言えば、ありのままに伝達されることから第三者の情報までもが伝達されるおそれも十分にあるのだ。
「試す……?」
To be continued…
即伝達魔法も、本編よりも早く登場。そういうの多いですね。
次回、『龍淵島の財宝』から灯台での話を少しだけするつもりです。
さぁ、ストックが無くなってきて、これも前日に予約投稿です。結局、去年と同じぐらいの話数になりそうな気がしますね。おそらく。