1-7 助けたいから助ける、唯それだけの事
睨み合う二人、その時間は短いようでとても長い。剣を握る勇者、拳を構える雄也、その二人は一歩も動こうとはせず、周りのギャラリーも何をしてるのかと視線を二人に向けている。
壊れた噴水の水が足元に流れ、靴に染みていく。水の温度を感じながらも、二人は一向に動こうとはしない。
理由は簡単。お互いにカウンター狙いだからだ。ただ雄也の場合は、カウンター狙いと言っても、それは第二の手段。本当なら、こちらから先に動いてめのまえの勇者を倒し、マラク国に備えたいのだ。
だが、そうは言っても相手は勇者。もし懐に飛び込めたとしても、何かカウンター技を持っていたら攻撃を食らうのはこちらの方。そのため、迂闊には動けない。
「おいてめぇ、いつまでそうしてんだ。早く来いよ」
「来いと言われて行く馬鹿がいるか。よか考えろ阿呆」
「あぁ?」
煽りに更に怒りが増した勇者は、剣を握る手に力が籠る。徐々に強まる殺気が周りの民衆にも当てられたのか、バタバタと倒れていく。
「まずい、被害が……っ!」
「よそ見したなおっさん!」
民衆に気を取られた雄也の一瞬の隙を見て、勇者が全速力で間合いを詰める。躱そうとするも一歩遅れ、胸に浅い切り傷が付けられる。
さらに、勇者は間合いを詰め、さらなる攻撃に移る。雄也は、攻撃を避けるその勢いのまま人気のない場所を通りつつ、この村の外にまでおびき出した。
「ここなら……」
「おいおい、避けてばかりじゃ話にならないぜ?」
雄也しか見えていないのか、勇者は周りの状況など目にも入ってはおらず、ただ戦うことだけに集中している。そういう相手は、割と厄介だ。
少しでも注意力を散漫させようと、雄也は少し場違いな質問をし始める。
「そういえば、君はなんて名前なのかな? 勇者なら少しは名が広まっているから知っているかもしれんからね」
「はっ、俺様はフィセルだ! よーく覚えておけ!」
「ああ、あのフィセルか。モンスターと戦うことしか考えず、周りの街を破壊しまくるダメ勇者の!」
「うるせぇ! 下民どもの住む家なんざ俺の眼中にはねぇ!」
「ほう? それは解せないねぇ……」
「はっ! てめぇみたいな三流には分からねぇよ! 俺らマラク国はなぁ、お前らみたいな下級民族が嫌いで仕方ねぇ! 弱く、脆く、そして醜い! そんなヤツらを俺らが育てようってんだ! ありがたく国を渡せばいいんだよ」
雄也は、その言葉に体が熱くなるのを感じる。
「君は……誰かを守りたいとは思わないのかな? 誰かを救いたいとは思わないのかな?」
「はぁ? 思うわけねぇだろ? 自分の身も守れねぇやつなんか助けてられねぇよ」
「やっぱりそうだよね……君ならそう言うと思っていた」
「なんだと?」
「君は、やっぱり三流だよ。いや、それ以下だ」
「……もっぺん言ってみろ」
『先程までの注意力は落とせている。ただ、次は怒りに身を任せるかもしれない。ここは、あれを使うしかないか……』
雄也は、何か意を決したのか、突然出現した剣を持ち、それを地面に深く突き刺した。
「君は三流以下だよ。そして、今からその君に説教をする」
「てめぇ、その剣をどこから……!?」
「この剣ね……いや、この装備全体そうなんだが、自分の意のままに出せるんだよ。それがこの仕組み」
今まで、雄也が装備をろくに持たずにいたのは、雄也の一つのユニークスキル『カスタマイズ』の効果で何時でも装備を付けれるからだ。
幾つかのセットで装備を分けており、今回はその一つの、動きやすさを重視した装備になっている。
「なんだよそれ……」
今まで見たことも無かった事に、フィセルは驚き戸惑ってしまっている。そして、更にそれだけでは終わらず、フィセルは再び驚愕するのであった。
地面に刺した雄也程の大きさの大剣が、突然雷を纏だし、徐々にその力は強まっていく。その魔力と異様なまでの力に、フィセルは構えずにはいられなかった。
「な、なんだ!?」
「時間が無い。直ぐに終わらせる。ユニークスキル"雷神"」
その言葉の直後、雄也に稲妻が落ちる。眩しさと突然の轟音にフィセルは耳を抑え、目を瞑り、「何が起こっている!?」と叫ぶ。
そして目を開けると、目の前には先程とはガラリと雰囲気の変わった雄也が立っており、その殺気にフィセルは、身震いと鳥肌が止まらなくなる。
「なんだその姿は……」
ユニークスキル "雷神"
全身に雷の鎧を纏い、その身に雷神の様な姿を移しだす。その力の効果は広範囲に渡り攻撃可能。自由自在に雷を操る事ができる、と言った能力だ。
攻撃力は元の状態と同じだが、素早さと防御力は格段に跳ね上がる。そして、武器の形も変わり日本刀の形になる。
「悪いが喋っている余裕はない。終わりだ」
「あんだ……と?」
剣を地面から抜き、フィセルが再び剣を握ろうと構えた直後、雄也はフィセルの目の前から姿を消す。どこに行ったのかと振り向こうしたその瞬間、全身に切り傷がつき、血が噴水のように溢れ出る。
「なっ……!?」
「まだ意識があるのか……流石は勇者なだけはある」
その声は背後から聞こえ、確認もせず剣を後ろへ振り回すが、もうそこには雄也はいない。ただ、雷がその場で一瞬光っただけだった。
フィセルはまた雄也を探そうとしたが、雄也の追い打ちにあい、出血のしすぎでその場に倒れ気を失う。
雄也は、懐にしまっておいた回復薬をフィセルにふりかけ、死だけは免れるようにした。人を殺す趣味なんて、雄也にはないからだ。
「さて、早くせねばな……」
雄也はその姿のまま、その場をあとにした。