1-6 助けたいから助ける、唯それだけの事
人気のない路地へ入ると、案の定背後から異様な気配を感じ取った。だが、直ぐには振り返らず、かなり奥の方まで進み、少し開けた場所で立ち止まり、後ろを振り向いた。
「それで、私に何か用かな?」
「……気づかれてたか」
「それだけ熱い視線を向けられれば気づきもするさ」
何も無い場所から突然姿を表したのは、まだ二十代半ばといった若さの男冒険者だった。ただ一つ、周りの冒険者と明らかに違うところがあった。それは―
「お前は……まさか勇者か?」
「はぁ……そこまでバレちゃったか、これは俺の不覚だわ」
見た目はあまり派手ではないが、とても高級な素材で作り込まれた防具を見に纏い、見たことのない剣を腰に携え、そして何より内に秘めた魔力量が、そこらへんの冒険者とは桁違いなほど多かった。
「何故勇者なんかが俺を狙う?」
「あんたがこの先でかなり面倒な相手になりそうだからな。早々に潰そうと思ったんだが……」
「そうはいかなかった、と……。それにしても、ノコノコと付いてくるなんて馬鹿なのか?」
「う、うるせぇ! 俺は勇者だぞ!? 舐めた態度取ってっと潰すぞ?」
「はぁ……どうしてお前のような人間が勇者に選ばれたのか……」
「あぁ? んだとテメェ?」
強面な顔が急に引き締まり、威嚇した目線を雄也に向け、綺麗な金髪の髪の毛がゆらゆらと揺れながら逆立ち始める。
突然放たれた尋常ではない殺気に、雄也も戦闘態勢を取らずにはいられず、相手の間合いから少し離れる。
「流石は勇者。これ程とは……」
「ここでお前を殺せばこの国も制圧出来んだよ。残り最後の一つをな」
その捨て台詞のような発言に雄也は反応せずにはいられず、聞き返す。
「それはどういう事だ?」
「簡単な話だ。アール国はもう他の隊が占領して、残るはこのレデール国残り一つになったって訳だ。そして、今日もう間もなくマラク国本隊が到着する」
「何だと?」
その話を聞き、雄也はどうして自分が狙われたのかが理解出来た。それは、水無瀬雄也という存在がマラク国からしたらとても邪魔だからだ。
千にも及ぶモンスターを屠れる程の実力がある限り、絶対に侵攻において邪魔になる。そのために態々こうして勇者まで差し向けたのだ。
「言っとくけどなぁ、俺ぁ強いぞ? お前一人くらいなら簡単に殺せる」
「ほう。ならやってみるがいい」
剣を持たず、素手で構えた雄也に怒りが込み上げた勇者は、腰に携えていた剣を抜きさりその勢いで雄也に切りかかる。
その攻撃を完全に見切っていた雄也は、ほんの数センチ剣の間合いから外れ、剣を完全に下に振り下ろした状態の勇者の顔面に殴り掛かる。
「グハッ!!」
かなり力を込めたため、その勇者は吹き飛ぶ。このままいくと、目の前にある家を壊しかねないため、雄也は直ぐに勇者の進行方向へ移動し、真上に蹴り上げる。
「危ない。家を壊すところだった」
そう呟き、まだ体制の整えられていない勇者の元まで垂直跳びをし、少し先に見えた人気の少ない広場が見えたためそこまで勇者を投げ飛ばした。
周りの民間人や冒険者は、突然飛んできた勇者に呆気に取られ、轟音と共に舞い上がった砂埃の方をじっと見つめる。
「痛てぇ……なんだあいつ、めちゃくちゃ強い……」
剣を支えに立った勇者の元に、雄也は颯爽と現れる。そして、その場で舞っていた砂埃を拳圧で吹き飛ばす。
「少しは気が変わったかな? この国を奪おうとする気が」
「はっ! 変わるわけねぇだろ! 俺の意思でやってんじゃねぇ。王の意思で動いてんだよ! だから気なんか変わりゃしねぇ!」
「王の命令か。そんなものでしか動かない勇者なんぞ、冒険者以下の勇者だな」
「何?」
この一言には流石の勇者も黙ってはいられなかった。徐々に強まる殺気に、雄也も内心油断出来ないと思い、いつでも動けるよう心の準備はしていた。
「人の命令で人を襲う勇者なんか聞いたことがない。勇者というのは、人を助けるために与えられる天職では無いのか?」
「違う! 勇者は認められた者だけがなれるものだ! そんなものの為に与えられるのではない!」
「ほう? 何故そうなのだ?」
「皆言っている! 『勇者は王のために生まれるものだ』と! 『王のためにどこまでも付き従うのが勇者だ』と!」
雄也は、その返答に首を振り、いい加減イライラしていた気持ちをそのままぶつけてしまおうと、目の前で戯言を吐く勇者に向けてきつい事を口にする。
「はぁ……そんな事で動いているのでは、魔物と大して変わらない。魔王の命令で動くモンスターとな。そんなものは勇者とは呼ばん。ただの奴隷だ」
その言葉に、勇者は頭に血管を浮き出し、先程よりも数倍速い速度で雄也に接近する。そのスピードに驚き反応が遅れた雄也は、振り下ろされる剣を躱そうと動くが、完全には避けきれず顔に少し切り傷ができる。
「速い……」
「お前だけは絶対にぶっ殺す!」
早いとこ目の前の勇者を何とかして、接近しているマラク国の本隊に備えたいが、そうも叶いそうにないと、雄也は拳にギュッと力を入れる。