1-1 助けたいから助ける、唯それだけの事
「なぁ、知っているか? 装備も無しに剣一本だけを持った謎の『英雄』の話!」
「ああ知ってる知ってる! あれだろ? 二人組のC級冒険者がA級危険モンスターに襲われた時に、突如として現れた英雄の話だろ?」
「あと一秒でも遅れてたら食われてたって話だぜ? しかもその後、転移石までくれたって話だぞ!?」
「すげぇよな! 俺もそんな『英雄』見たくなりてぇ〜! もしくは勇者様見たくなりてぇ〜!」
「無理無理。お前にそんな素質はねーよ」
「わ、分からんだろ!?」
とある酒場での会話。とある一人の『英雄』と呼ばれている冒険者が、二人組の冒険者を救ったという話だ。人を助けた、なんていう話は世界のどこかで起こっていそうな話ではある。だが、肝心なのはそこでは無い。一人でA級危険モンスターを倒した、という点が重要なのだ。
このアナザーワールドと呼ばれる場所では、【階級】と呼ばれる物がある。モンスターの危険度、冒険者の基準、アイテムの質、その他諸々の物にも、その【階級】というものが付けられている。
今回の話であれば、C級の冒険者とA級の危険モンスター。これは誰が定めたものなのか、というのは定かではないが、一説には大昔の勇者が決めたものだとか。
それぞれのランクの話をわかりやすく説明しよう。階級は九段階あり、E、D、C、B、A、A+、S、S+、SS、この九段階だ。
冒険者の場合、E~Bランクまでは冒険者見習いと呼ばれ、Aランクからは、上級冒険者と呼ばれるようになる。更にA級からは職業又はジョブと呼ばれる物に付くことが出来る。
ジョブは様々あり、魔法使いの中でもウィザードやソーサラーがあったり、戦士の中でもファイターやランサーがあったり、幅広いジャンルのジョブがある。A級からは、それらのジョブに付くことが出来るのだ。
言い換えてみれば、B級まではどのジョブにするかの決意と覚悟と積み重ねと経験が大切になるという事であり、チャンスが誰にでも与えられるということだ。
一つだけ例外があるのだが、それは勇者の存在だ。勇者だけは、生まれた時からそのジョブが付いている。これは血縁関係故のものだ。普通の冒険者と掛け離れた力を持つ勇者は、各国に一人いると言われている。
次にモンスターの【階級】だが、モンスターは少し細々としている。モンスターの場合、単体の場合と集団の場合とで、かなり【階級】変わってくるため、どの冒険者もビクビクしているのだ。
大まかに説明すると、Eはほぼ害がない、DはEと大して変わらないがEよりは害がある、Cは害があり、Bは注意モンスター、Aは要注意モンスター、A+は超要注意モンスター、Sから上のモンスターは、国家指定警戒モンスターとなる。
本来、A級のモンスターは、S級の冒険者でさえ手こずるモンスターなのだが、それをあっさりと一瞬で倒したことが、今回は重要なのだ。その為、この騒ぎである。
そんな話で酒場が盛り上がってる中、三十代くらいの男性冒険者が入ってくる。装備を纏っていないその冒険者に、一同は騒然とし、あの『英雄』なのではないかとコソコソ話が始まる。
そして、一人の女性冒険者が近寄り、色気を出しながら声をかける。
「ねぇ、あなた。もしかして、今噂されてる『英雄』なのかしら?」
「英雄? ……さぁ、知らんな」
「あらそ。ならいいわ」
そして、その人物では無いとわかった途端、酒場の活気が一瞬で元通りになる。その男は、端にある席へ座り、首を鳴らしながら酒場の風景を眺める。
「ここはいい町だな。あの助けた二人は元気にしてるかな?」
少しだけ長い黒髪で、大きな瞳でキリッとした目。角張った輪郭、身長は百七十センチ程度だが、とてもガッチリとした体格をしている。肌は少し焼け、色気のあるその姿は、憧れの大人と言った感じだ。
そこに、一人のメイド姿の女性が忙しくやって来て、「い、いらっしゃいまふぇ! あぁ、噛んじゃった……」と、お辞儀をする。恐らく新人さんだろう。
「ご、ご注文は何になさいましゅか?」
「そうだなぁ、この鶏肉の様なものを貰おうかな! それと、水を一杯」
「か、かしゅこまりました!」
そう言ってお辞儀をすると、再び忙しなくカウンターへと戻って行った。
「さて、ここに来たのは良いものの、これからどうするかだが……」
これからどうするかをあれこれ考えていると、早速その料理が運ばれてくる。
「お、お待たせ致しましたっ!?」
運んで来てくれたメイドが何かに引っかかり、バランスを崩して料理を投げ出してしまった。メイドは、目を瞑り、事の顛末を見届けずすぐに立ち上がって深く頭を下げお詫びをする。
「も、申し訳ありません!」
だが、その男冒険者は、優しく「いいよ。それより、君に怪我はないかい?」と声を掛けてくれた。
先程までうるさかった酒場が、その人の声だけしか聞こえなくなり、さらに焦りを感じる。メイドは、恐る恐る顔を上げ、彼の顔の様子を伺う。
優しく声を掛けてくれるが、絶対に怒った顔をしているに違いない。
だが、その彼の顔を見て、メイドは驚愕の表情を見せる。彼はどこも汚れていないのだ。落ちてダメになっているはずの料理は、皿の上に乗っている。さらに、その人の声だけしか聞こえなくなったのは、自分が勝手に意識していたのではなく、本当に周りの人が何も喋らず、彼の方を向いていたからだ。
「ほら、料理は別に問題ないし、美味しく頂けている。謝ることはないと思うけど?」
「え、でも、そんなはずは……」
後ろの客が、「チッ……」と舌打ちをしたのは何故なのか気になるが、今はそんなことは気にしてられず、もう一度謝ってメイドは、カウンターへと戻った。
「な、何が起きたの……?」
それから数十分か経った後、その男冒険者は、お金を払って帰っていってしまった。
そして閉店後―
「おつかれー。今日も大変だったね〜」
「ホントだよ〜! 私なんて転んでお料理落としちゃったし……」
「あれ見てたけどさ、あの人凄かったよね〜! こうさ、シュバババババッ、て料理をお皿で受け止めてさ〜」
「えっ、何それ!?」
「えっ、アンタまさか目の前で見てなかったの!? まじで凄かったのに!? 勿体ないね〜」
「何が起きたのか詳しく教えて教えて!」
「だから、その男の人がめっちゃ早い動きで料理をお皿で受け止めたんだって! しかも片手で!」
「その男の人の名前わかる?」
「うん! こっそり教えて貰ったんだ〜! 仕事中にだけど……」
「で、その人の名前は?」
「ミナセユウヤって言ってたよ!」
「ミナセユウヤ……か」