ロングソードのダンジョンマスター ~生誕編~
ある日、女の子として設定されただけの空っぽな存在が生まれた。
あ、はい。
すいません、私のことです。
自分でもちょっと混乱してるんだけど、周りを見渡せば私と同じようにぽかんと口を開けた男の子が二人と、穏やかに微笑む大人の男性が一人いた。
性別が女として設定された存在は私だけのようだった。
どこまでも白いその空間で、男性は私たち三人に向かって告げた。
君たちにはダンジョンマスターをやってもらいたい――と。
彼は自らをダンジョン神と名乗った。
聞けば、ダンジョンマスターという存在になり迷宮経営をしながらとある世界の行く末を見守ってほしい、とのこと。
私たち三人は計ったかのように「「「自分でやれや!」」」と声を合わせて抗議したが、忙しくて無理と返された。
断った場合どうなるのかと訊くと、私たち三人を消してまた新たに作ると申し訳なさそうな顔で言われた。
本当に申し訳なさそうだったので意外といい人っぽい印象を受けた。
仕方がないので皆でしぶしぶ承諾した。
すると頭の中に様々な知識が流れ込んできた。
明らかにダンジョンマスター関係ないじゃん! って感じの無駄知識も多かった。
様々な世界から集めて片っ端から詰めた結果だと言われた。
限度があるだろと思ったが、頭が良くなった気がしたので悪い気はしなかった。
あ、特に痛みとかはなかったです。もしかしたら気遣ってくれたのかもしれません。
こうして空っぽだった器を満たされた私たち三人はダンジョンマスターという存在――種族に生まれ変わった。
さて、件の世界には私たち以外のダンジョンマスターが先に送られていて、その先輩方は冒険者というお客さんを皆で取り合っているらしい。
そんで先輩方はポコポコ死にまくっているんだって。ポコポコ。
今まで三百人は死んだと寂しそうに言われた。
それが多いのか少ないのかはわからなかったけど、嫌な世界だとげんなりした。
死因は人間に殺されたり同族のダンマス(長いから略した)に殺されたりと色々なようで、いいかげん手が足りなくなってきたから、まずは私たち三人を追加で生み出したんだってさ。
今後もどんどん君たちの後輩を生み出していくから期待してくれとも言われた。
後輩ができるのは嬉しいなー。
とそんな感想を抱いていると、しばらくは待機期間なのでこの空間で自由に過ごしてくれと言い残し、忙しいのか男性は消えた。
私たち三人はとりあえず自己紹介をした。
長身でやせぎすの子が325番、どことなく賢そうな子が326番、小柄で唯一の女の子の私は327番と名乗った。
名前ではなく番号が設定されていた。
そんな事実に一同愕然としたのだが、その後はテキトーにくっちゃべり、いつしか仲間意識なんかも芽生えちゃったりして、俺たちは仲良くしよう、生まれた日も同じだからどうせなら三兄妹を名乗りますか、なら桃誓っぽいノリでいこうよー、という方向で話は落ち着いた。
うん、できるだけ長く生きてみんなと一緒に死にたいな……。
ちなみに兄妹間の呼び方は、長兄、次兄、妹となった。
この辺は色々議論したのだが、なかなか決まらず疲れてもうこれでいいよってなった。
番号以外ならどれも上等じゃん、という私の鶴の一声も決め手になったのかもしれない。
さて、この空間では願うだけで欲しいものが手に入った。
もちろん無理なものも多く具体的に願わないと適当に解釈されたりもした。
試しに私が親がほしいと願えば、何故かあの男性似のマネキンが白い空から降ってきた。
唖然とした。
いらないと言うと、そのままずぶずぶと床に沈んでいった。
325番の長兄は何を思ったか出前と呟いた。
すると例の男性がやってきて、長兄にラーメンを渡した。
長兄はそれを嬉しそうに受け取り、男性はどこか諦めた顔で何も言わずに帰っていった。
何故私がマネキンで長兄は本物なのか。納得いかない。
機会があれば私も出前を頼もう、うん。
326番の次兄はさらなる知識を願った。
すると私や長兄がタイトルすら知らない本が空からアホみたいに降ってきた。
本の雨かと思った。
私と長兄が慌てて逃げ回る中、次兄は予想通りとでも言いたげに鉄の傘をさして嬉しそうに空を見上げていた。
ある程度生活環境を整えると、最初は固まって行動していた私たちも各々が自由行動を始めた。
長兄は何故かホラー映画に目覚めたようで見まくっていた。
次兄はそんな長兄を呆れたような目で見ながら、僕がしっかりしなきゃと勉強に時間を費やしていた。
私は一人寂しく黄昏ていた。
できれば二人と遊びたかったのだが、ホラー映画は怖いから見たくないし、勉強の邪魔をするのも憚られた。
そして寂しさをこじらせて、友達がほしいと願ってしまった。
すると、どこからともなくゴブリンとスライムというモンスターの子供が数匹現れ、一緒に遊ぼうと言ってくれた。
私は嬉しくてぶんぶん頷いて、みんなでかくれんぼや鬼ごっこをして遊んだ。
楽しかった。
そんな生活がしばらく続いた。
久しぶりに男性が戻ってきて私たちに告げた。
「ごめん、時間だ。これから君たちを六つある国のいずれかにランダムで飛ばすね。細かい場所は私に任せてほしい」
あと、皆がどんな迷宮を作るのか教えてほしいとも言われた。
長兄は即座に「我はアンデットで」と告げた。
しばらく見ぬ間に彼は何かをこじらせていた。
……我ってなんだ、我って。
あなたの一人称、俺でしたよね。
アンデットもどうかと思うけどさ。
次兄はそんな長兄を尻目に「僕は迷宮都市を作ります」と賢そうなことを言った。
迷宮都市とは何ぞや? と思ったが、バカそうなところを見せたくなかったので静かに微笑んでおいた。
たぶん次兄にはバレていたと思うけどね。
私の番になった。
困った。
友だちと遊んでばかりだった私は何も考えていなかった。
何か言わなければ。
そんな思いに駆られる。
二人の妹として情けないところは見せたくない。
賢い次兄の真似は無理にしても、せめて長兄のようなネタに生きたい。
無難なのは嫌だ。地味なのも嫌だ。失うものは何もない。ここは目立っていいところだ!
だから一生懸命、頑張って考えた。
知恵熱を出しかねない勢いで思考を加速させた。
頭の中の与えられた知識によると、ダンマスは自分の迷宮を経営するためにお宝で冒険者を誘き寄せ、殺すなり滞在してもらうなりしてDPという貨幣を得るのが基本行動らしい。
うん、私に冒険者を殺すのは無理だ。
わりと臆病だし殺すのも殺されるのも嫌なのだ。
だから……接待。
そう、接待プレイに徹しよう。
あとは冒険者を呼ぶために何かダンジョンに個性がほしい。
しょーもなくて、それでいて一度は来たくなるような。
冒険者にウケそうなお宝でもないかな?
うーん。
冒険者といえば……武器……ロングソード。
ロングソード?
私の脳裏に雷鳴が走った。
ロングソードだ、お宝がロングソードしか出ないダンジョンを作ろう!
人気が出るかは別として絶対に有名になれるはずだ。
気づけば口走っていた。
「ロングソードで行きます」
三人にはぽかーんとされた。
説明を求められたのでドヤ顔で説明してやった。
一応は納得してもらえた。
笑いも取れたので良しとする(苦笑いだったけど)。
次に、向こうの世界に送るにあたり餞別をあげると言われた。
DPかスキル。どちらか一つだよ、と。
DPなら10000ポイント。スキルなら彼が適当に見繕ってくれるらしい。
どっちを選んでも大差ないから好きに選んで大丈夫とも補足された。
DPは10ポイントもあればゴブリン君を一人呼べたりするから、DPを選べば良いスタートを切れるかもしれない。
逆にスキルは彼次第だから下手なのを貰うとキツイかも。
でも私たちにとって父親みたいな人にわざわざ選んでもらえるわけで。
たとえハズレだったとしても私は素直に喜べる気がした。
よし、決めた。
長兄はDPを選んだ。
次兄はギリギリまで考えたいと言った。
私はスキルを選んだ。
男性が私に見繕ってくれたのは『隠形』というスキルだった。
これは気配が消えて他人から見つからなくなるスキルらしい。
臆病な私にぴったりだと思った。
かくれんぼや鬼ごっこでは封印しようとも思った。じゃないとクソゲーになる。
ちなみにDPで買うと12000Pらしいので若干お得だ。
彼を信じて良かった。
時間が来た。
別れの時間が。
まずは長兄だった。
「達者でな」
そう言って彼はあっさりと消えた。
私に泣く暇を与えてくれなかった。
あんまりだと思って呆然と立ちつくす。
次は次兄だった。
次兄はDPやスキルはいらないので長兄の近くに送ってくれと願った。
男性は少し戸惑いを見せたが、問題ないと判断したのか了承した。
「一番心配だから」
そう申し訳なさそうに言って、私の髪をくしゃっと撫でて、彼もまた消えた。
二人が消えてからわんわん泣いた。
男性にはいつか向こうで逢えるから大丈夫だよと困ったような顔で慰められた。
それもそうかと思った。
同じ世界に行くのだ、逢えるに決まっている。
そう考えると元気が出た。
さあ、いよいよ私の番だ。
と、その前にやらなきゃいけないことがある。
これは兄たちと事前に相談して決めていたことだ。
男性――ダンジョン神さまにちょっとわがままを言ってみよう。
まあ言うだけならタダだからね。
私は一つ深呼吸すると、次兄の指示通りに恐る恐る言ってみた。
「父さんって呼んでもいいですか」
すると彼は驚きつつもニヤッと笑い、
「パパなら許す」
と変化球で返してきた。
パパかー。恥ずかしいな。多少えっちい気もするし。
でもまあ
「ぱ、パパ」
これぐらいなら
「なんだい娘よ」
予想の範囲内だ。
「可愛い娘に名前ください!」
そう、もちろん私は父親が欲しかったのだが、それと同じぐらい自分の名前も欲しかったのだ。
番号読みは人扱いされていないみたいで嫌だった。
替えがきく部品みたいで悲しかった。
それは私だけじゃなく兄たちも同じだったようで。
さあパパ、どうでる?
するとパパは悲しそうに語りだした。
聞けば、どうも最初の百人はちゃんと名付けていたらしい。
でもみんなあっさり死んだ。それはもうあっさりと。
平均して数年で。長くても数十年で死んだ。酷いときは転移直後に狩られた。
パパとしては最低でも百年は生きるだろうと高をくくっていたらしい。
頑張って名前を考えたのに次々に死んでいく子供たちを見て、パパは心を痛めた。
落ち込んで、物凄く自分を責めた。
そして、こんな思いをするなら名付けはやめて番号読みにしようと、そう考えた。だから百一人目からは101番と設定した。
そういうことらしかった。
なるほど。
じゃあ、もし私たちが最低ラインの百年をクリアーしたら名前をくれるのかな?
そう訊くと、
「千年がいい」
とパパはわがままを言い出した。
ちょ、パパ。ノルマきつくね!?
さっき百年って言ったじゃんっ。十倍になってるよ!
パパも自覚があるのか、ちょっとバツが悪そうな顔をしていた。
子供たちの死を看取りすぎたせいか、それとも今度こそはとでも考えたのか、ここにきて欲が出たようだ。
……しかし千年かー。長いな。
兄たちに何て言おうか。
いや、ありのままを言うしかないけどさ。
まあ当分は名前お預けだけど、意外と愛されてるみたいだし……いっか。
わかったよパパ。
三兄妹で仲良く千年生き抜いて貴方から名前をもぎ取ってみせるよ。
だからそのときはパパの名前も教えてね?
「じゃあ、パパそろそろ行くね」
そう別れを切りだせば、
「うーん、やっぱり心配だからもうちょっとDPやスキルを持たせようか?」
と何か過保護なことを言い出した。
そういえば次兄が父親って生き物は娘に甘いって言ってたけど、本当だったかー。
まあ先に行った兄たちにも悪いから丁重にお断りした。
できるだけ同じ条件で頑張りたいからね。
同じって言っても次兄だけは苦労してそうだけど。
長男を心配してパパからの餞別を断ったぐらいだし。
しかもご近所さんじゃ向こうでも長男に振り回されるんじゃないかなぁ。苦労人ポジか。
でも私より長兄を優先したってことは、私なら一人でも大丈夫だと信じてくれたんだろうな……。
信頼に応えるためにも妹は頑張ろうと思います。
長兄は知らん。
なんかあっさり行っちゃったし。私はちょっと怒っていますよ。
まあ彼なりの気遣いだってのはわかっているけどね。
「パパ、次に逢えるのは千年後かな?」
「うん、そうなるね。申し訳ないけど」
本当に申し訳なさそうな顔。
なんかこんな顔ばっかさせてる気がする。
「そっか。じゃ、ちょっくら頑張ってくるよ」
「うん……あ。君の友人たちは向こうでも呼べるようにしといたから」
おお、それは粋な計らいだ。
「パパ、大好きっ」
そう言って私は消えた。
最後に涙目ではあったけどパパの笑顔が見れたので、千年ぐらいは余裕で頑張れそうです。
さあ、ロングソードのダンジョンを始めよう。