05 魔女覚醒。(ルレウス視点)
月美を餌にして、ヴァンパイアが現れた。
そのヴァンパイアが、グールに足止めされている隙に、月美の腹を裂いた。
「オレの……!」
言葉を詰まらせる。今、何を言いかけたかわからない。
そんなことよりも、月美の治癒が先決だ。瞬時に倒れる月美の元に行き、顔を覗く。ぼんやりとオレを見上げる月美は、今にも命が尽きそうだ。
血を与えようとしたその時、ヴァンパイアの爪が襲い掛かった。月美を抱えて移動したが、頬に傷が出来る。
それを気に留めず、自分の手首に噛み付いた。血を出して、月美に飲ませるために押し付ける。
「飲むんだっ、月美」
顔をしかめる月美が、飲もうとしない。飲まないと死ぬ。
焦った。別にこんな人間が死んだところで、オレには関係ないはずなのに。もう無関係のはず。それでいいはずなのに。何故、オレはこんなに焦っているのだ。
ゴクン、と飲み込んむ音を耳にして、やっと安堵をした。間も無くヴァンパイアの血の効果で、月美は回復するだろう。
「人間が大事なのかい。傑作だね」
「馬鹿を言うな」
ヴァンパイアが笑う。オレは嘲笑を返す。
「冷酷だという噂を聞いたんだけど、甘いね」
「冷酷だということを、その身体に教えてやろう」
パッキン、と指を鳴らして構えた。
「先ずはその腹を裂いてやろう」
懐に入って、ヴァンパイアのライダージャケットごと引き裂く。血が噴き出したが、浅い。この程度では、ヴァンパイアは殺せない。
しかし、月美の仕返しはこれで十分だろう。いや、人間の月美は死にかけた。このヴァンパイアの腹わたを引きずり出さなければ、割に合わない。
ヴァンパイアの傷は、あっという間に治る。オレと違って、毎晩血を吸っているのだろう。治癒力が高い。
「頬の傷が治っていないな。俺の方が強いだろ?」
「舐めるなよ、小僧。オレには勝てない」
成り立てのヴァンパイアが、オレに勝てるはずはないだろう。千年生きたヴァンパイアに、勝てるわけがない。
オレは目を見開いて構えた。
成り立てのヴァンパイアは、グールを操りオレを襲わせる。と見せかけて、倒れた月美を襲わせた。
「チッ! 触るな! それはオレのーー…」
オレの。オレのなんだ。
青空を見せた月美。ずぶ濡れになってまで虹を見せて、笑いかけた月美が浮かぶ。…ーーオレのものなんだ。
手を伸ばそうとしたが、間に合わない。
グール達がーー。
一瞬にして燃え上がり、灰になった。
「!?」
灰が散って、舞い上がる。
何が起きたのかと、オレは目を瞬く。
「私の……ルレくんにっ!」
起き上がった月美が、声を上げる。黒のワンピースが裂かれて、血に濡れた腹が露わになっていた。
「私のルレくんに、何してくれてんですか!!!」
ゾクッと感じたのは、確かに魔力だ。
周りにいたグールが、次から次へと引き裂かれては燃え上がる。吹き荒れる風の如く、魔力が刃物のようになって暴れているのだ。
恐らく、極度のストレスがきっかけで、魔女の力が覚醒したのだろう。死にかけたことが原因か。
魔女は魔術を親から伝授される種族。魔術を受け継いでいないため、念力が暴走している状態だ。
「名前も出てこないモブヴァンパイアの分際で!! ちょっと顔がいいからってざけんなです!!」
「つ、月美……」
「この私がっ、退治してやるです!!」
オレも迂闊に近付けない。
目くじらを立てて、月美はヴァンパイアに向かう。
「人間のくせに何を言ってやがる!」
猛突進でヴァンパイアが、月美を攻撃しようとした。だが人間の目に留まらないスピードで動いても、意味はない。月美の周囲には、刃のような風が吹き荒れている。突っ込めば引き裂かれるのは、ヴァンパイアの方だ。
「ぐあっ!」
腕が飛ぶ。それがオレの手元に落ちてきたので、思わず掴み取る。
「やりやがったなこの小娘!」
「先にやったのそっちです!」
血を噴き出す腕を押さえながら、叫ぶヴァンパイア。
負けじと声を張り上げる月美。
オレはその隙にヴァンパイアの背後を取る。そして胸を貫き、心臓を引き抜く。そして握り潰した。ブワッと心臓から、燃え上がって灰と化す。
ヴァンパイアは死んだ。
「はぁあ……」
月美が崩れ落ちる。息を乱している様子からして、魔力を浪費した疲れが出たのだろう。
「月美? 大丈夫かい?」
「ルレくんこそ大丈夫!?」
前に行って顔を覗こうとすると、月美が掴みかかった。
「大丈夫とはなんだ」
「顔に傷が!」
「君なんて腹を裂かれたじゃないか」
「顔を裂かれたらやばいです!」
オレの顔に触れる。触れたところで溢れた血がついているだけで、傷はもう塞がっているのだ。
「私の血飲みます!?」
「いや、君の出血の方が酷かった。血はもらわない。ほら、抱えて帰る」
「ひゃあ!?」
血相を変えて詰め寄る彼女を、横抱きにする。悲鳴が溢れたが、血も足りない疲労が酷い今の月美にはこれが一番だろう。
「またお姫様抱っこ……」
「行くよ」
オレは全速力で移動して、屋敷に戻った。
ベッドは我が家にないため、オレの棺桶に下ろす。
「着替えは、ベネディクトが用意したものがあったはずだ。それに着替えるんだ」
「はい」
今更恥ずかしそうに、露出した腹を押さえる月美。
オレはそんな月美を置いて、月美のクローゼット化した部屋に足を踏み入れた。月美にも選ばせてやろうと、二着選んだ。青いワンピースと、赤いワンピース。赤いワンピースの方が、似合いそうだ。
「月美。どっちがいい?」
「……青で」
「青? 赤の方が似合うと思うけれど」
「いえ、青がいいです」
照れた様子で、青いワンピースを選んだ。
それならと、青いワンピースを渡した。
「あ、あの、ルレウス……」
「なんだい?」
「……ここに住んでもいいですか?」
「……?」
オレは目を瞬く。住みたい。この屋敷に?
「なんでまた?」
「広いお屋敷ですし……一緒に暮らした方が何かと便利じゃないですか……ほら、私魔法も使えるようになったし、今まで以上に役に立てるはずですー」
もじもじしながら、月美は言った。
あれは魔法と呼ぶにはお粗末だが、役に立てることは間違いはない。
「……」
もうこの屋敷に用はない。件のヴァンパイアを始末したからだ。次の場所に移動するつもりだった。
月美とも、これっきりにするつもりだったのだ。
けれども、月美から離れるとなると……物寂しくはなる。
仕方ない。暫く居ようとしよう。
「構わない。好きな部屋を選ぶがいい」
「ほんと!? わーいです!」
手放しで喜んで見せる月美を見て、やれやれと思った。
子どもの姿のままであるオレより、幼く見えてしまう。
恋愛において、駆け引きも出来ない。そんな娘に、夕方頬にキスされたことを思い出した。オレは仕返しをするために、嬉しそうな笑みを零している月美の顎を掴んだ。
「それと、キスをするならここにしろ」
そう言って、唇を奪う。柔らかい唇だった。
「……」
大きな目を見開いて、月美は言葉を失ったように固まる。
そんな月美の唇に、もう一度ついばむように唇を重ねた。
「はぅ!?」
離れれば、やっと動き出す。顔は良い赤色に染まった。
こんなことされても同居できるなら、どうぞ。
オレは微笑みかけた。
翌日、月美は軽い荷物を持って、オレの屋敷に引っ越してきた。
20180903




