04 棺桶の中。
それから一ヶ月の間、私はルレウスの元で働いた。
グールを見付けたり、見付けられなかったり。
でも苦戦は、しなかった。
「ルレくんー」
「また日暮れ前に起こしにきたな……」
「棺桶って寝心地いいのですか?」
私は起こすことに、遠慮がなくなった。ちょっと睨まれたけれど、気にしない。
ルレウスのことを愛称で呼ぶことは、もちろん許可をもらった。ルレくん、が最近のお気に入りだ。
「なんなら横になってみるといい」
「いいんですか!?」
「声を上げないでくれ」
お邪魔させてもらい、私も棺桶に入った。大人一人分の大きな棺桶だけれど、二人で横になるとそれはもう狭い。しかも、ルレウスと密着状態。きゃー嬉しいです!
でもパタンと蓋を閉められたら、真っ黒。自分の鼻先すら見えない。
「……静かでいいですね」
棺桶で眠る理由がわかった。静かで、外の音を遮断出来るからだ。
でもドキドキしちゃう。そんな私の心音も届いているはず。だから好きだってことは、ルレウスにはバレバレだと思う。何も言ってこないけれど。
「今日の成果は?」
耳元から、ルレウスの声がする。なめらかで少年らしい幼さが残る声。でも口調は強いものだ。
「いませんでした、ルレくん」
「では夜にもう一度行け」
「……はーい」
最近、昼にグールを見付けられなかったら、夜に出直す。夜に見付かることもある。でも私はルレウスのそばにいて、お喋りしたいですー。
学校は休みだから、一緒にいられると思ったのになぁ。
「意外と寝心地良いですねぇ……」
私は目を閉じた。少し眠る。甘い香りで満ちていた。ルレウスの匂いだ。香水とは違う控えめで、でも引き寄せられる香り。
……私は汗臭くないだろうか。心配になってきた。
この密室でこれ以上いられないと考えて、私は蓋を押し開ける。
「ふはー。ではいってきます」
いってらっしゃい、の言葉はなかった。
なので、私はルレウスの頬にむちゅっとキスをする。どんな反応をしたかはわからない。見ない見ないです。
洗練された黒のワンピースを整えて、私はルレウスの屋敷を飛び出した。ちょっとバスで、山の麓まで向かう。鬱蒼として、グールが隠れる場所にはぴったりだ。
ドライマンゴーをもぎゅモギュと食べながら、歩いていく。
一ヶ月して気が付いたのだけれど、ヴァンパイアの血は身体能力を上げるだけではなく美容にも良い。肌荒れがすっかりなくなって、お肌スベスベのスッピン美人だ。あ、美人かどうかは人によるか。
でも友だちにも綺麗になったと言われたから、恋をしているおかげかも。うふふ。
ヴァンパイアの血で鋭くなった嗅覚を頼りに、死臭を探す。暗い夜道になった道を進む。背にはバッド。いつでも出せるようにケースのチャックは空いてある。
この一ヶ月でグールは減ったというけれど、まだ終わらないらしい。あーでも知能の低いグールばかりだから、そのグールを作っているヴァンパイアが増やしていっているのだろうか。それならヴァンパイアを直接倒さなくちゃ、ラチがあかない。
ルレウスだってそれはわかっているはずだから、言わなくてもいいですね。むしろここまできて気付かない私は、言う通り馬鹿だ。
「!」
死臭。でも違う匂いも鼻を掠めた。
引き寄せられるような香り。ルレウスを思い出すけれど、彼とはまた違う匂いだ。
「君か。グール狩りをしているハンターは」
「!」
車が前方にあったかと思えば、見目麗しい青年が立っていた。黒のサングラスを取れば、魅力的な青年。ライダージャケットを着ていて、セクシーだ。
直感する。グールを作っているヴァンパイアだ。
後ろにグールの臭い。振り返って、バッドを叩き付ける。
ブワッと花火のように炎が散った。
すぐにヴァンパイアと向き合うけれど、そこにいない。
背後だ。またバッドを振り上げたけれど、手応えを感じない。スパッと金属バッドが、切断されたからだ。
やばい。殺される。
「ーー…やっと現れたな」
グンッと身体が、後ろに引っ張られる。
かと思えば、ルレウスの声を耳にした。
「ルレくん! 来てくれたのっ?」
黒の背広に、フリルのネクタイ。チェックのハーフパンツ。ダークブラウンのブーツ。タイミング良く助けに来てくれるなんて、素敵な王子様ですー!
「この時を待っていた」
「えっ」
「君を囮にして、ヴァンパイアを誘き出したんだ」
「……鬼畜だ!!」
初めからそのつもりだったのだ。私を囮にして、グール生産しているヴァンパイアを誘き出すためだけに、協力を提案したんだと理解する。やっぱりこの少年の姿をしたヴァンパイアは、鬼畜だ!
「ご苦労、月美」
「……はいっ」
にこりと笑いかけられた。それだけでまた猫撫で声で返事をしてしまう私。つくづくルレウスの笑顔に弱い。というか、絶対わかってやっている。私が笑顔に弱いってわかっていらっしゃるです。
「さて、始末をしようか。貴様はグールを作り続けた罰でーー…死刑だ」
青年ヴァンパイアに、ルレウスは冷たく笑いかける。
ヴァンパイア対ヴァンパイアが始めるみたいだ。私は横にずれた。でもグールの臭いを嗅ぎ付けて、すぐに周りを見る。ゾンビが這い出てきたかのように、ゾロゾロと足を引きずって現れた。グール達が数人現れた。十人くらいだろうか。前後に現れて、挟まれてしまった。
「こんなこともあろうかと、用意してたんだ」
青年ヴァンパイアは、不敵に笑う。
「月美。グールを始末しろ」
「は、はい」
ルレウスに支持されたけれど、一気に十人くらいのグールと戦うのは、いくらなんでも無茶。でもルレウスが、ヴァンパイアに集中出来るように最善を尽くそう。
「さぁグールども! 美味しいお肉はこっちですーよ!!」
「自分で言うな」
ツッコミを入れられたけれど、切れたバッドを振り回してルレウスの後ろのグールを一人、灰にしてやった。
私に噛み付こうとしたグールの足を崩し、倒れたところをバッドを突き刺す。燃えて上がる灰の中、ルレウスを見てみれば、グールを蹴り飛ばしていた。飛ばされたらグールには、二人を巻き込み、倒れては燃え尽きる。
「邪魔だなぁ」
青年ヴァンパイアの声がした。彼は目の前。爪を向けられる。ヴァンパイアの爪を、後ろに飛んで避けた。掠っていない。でも、ブシャッと血が噴き出された。
「っ月美!」
私は倒れる。引き裂かれたお腹を押さえて、痛みに耐える。でも押さえ切れないほど、血が溢れてしまう。身体は震えて、寒気が襲い掛かる。
邪魔だと一蹴されて、引っ掻いただけでお腹を裂かれてしまうなんて。
なんてことだ。死にそう。
ルレウスのために、好きなルレウスのために、働いていただけなのに。
このヴァンパイアは嫌いだ。大っ嫌いだ。
「月美!」
駆け寄るルレウスを見て、ああ好きだと思う。
顔色を変えるルレウス、心配されているのだろうか。
ああ、好きだ。
そんなルレウスの顔に、傷が出来上がる。あのヴァンパイアが、引っ掻いたのだ。
次の瞬間、プッツンと切れた。




