02 吸血と恋。
夢は、見なくなった。
やっぱり少年ヴァンパイアさんと出逢う予知夢だったのだろうか。
なんて考えても、私には答えを出せない。
朝の十時に目を覚まして、私はいそいそと身支度を始めた。洗面所で顔を洗って、髪の毛をブラシでとかす。私の瞳は、ダークブラウン。覗き込めば、大きい。長い睫毛。肌は健康的な肌色。
鏡を見つめながら、昨晩会った彼を思い出す。サラサラで
ストレートの白金の髪。同じ睫毛。その下にある青い瞳。透き通るような白い肌。美しき、少年のヴァンパイア。
彼は何歳なのだろうか。なんて疑問が浮かんだ。
今晩会ったら、尋ねてみよう。
財布の中を確認すれば、万札。昨日の出来事は、現実だ。
私は着替えた。ハイウエストデザインの赤のワンピース。
それから、黒のブーツを履いた。
ドアを開けば、陽射し。眩しくて、目を閉じた。暖かで気持ちがいい。深呼吸をして、そっと目を開く。
ボロアパートを飛び出して、自転車で駅に行く。電車に揺られて、とある駅に降りた。人々が行き交うペデストリアンデッキを通って、ビルに入る。そこでショッピング。
ゴシック売り場で、欲しかったパーカーを購入して満足した。袖が広くて、手が隠れる。十字架が背中に描かれていて、チャックのチャームも十字架だ。大きなフード付き。
他にも何着か買って紙袋を手に、メモの住所に向かった。見付けるには、ケータイのナビが必要。メモは、ルレウスさんに渡されたものだ。ここにグールがいるかもしれないらしい。
辿り着いたのは、廃ビル。
私は渋ったけれど、乗り込んだ。ドアには鍵がかかっていたけれど、非常階段から侵入出来た。そこに紙袋を置いておく。
非常階段のドアは簡単に押し開けられた。ヴァンパイアの血の効果で、馬鹿力になったみたいだ。ケータイでライトをつけて、もう片方の手では鍵をメリケンサック代わりに握った。身の危険を感じたら、鍵を指の間に持って構えること。女性の皆さんは覚えて置いてくださいねー。
グールのあの腐ったような臭いがする。
「こんにちは!」
声をかけてみた。
錆びていて、天井が崩れている。長い間放置されているみたいだ。耳をすます。軋む音が近付いてくる。その方向を見て、鍵を構えた。
グールが現れる。サラリーマンのような草臥れた格好。
「なんだ、お嬢さん。迷子になったのかい」
「……はい」
コクリ、と頷く。話しかけられたものだから、つい。
笑いシワを作るけれど、その顔は青くて白い。何より、グールのあの臭いがあった。私は手を隠す。
「案内しよう。こっちだよ」
「……はい」
歩いて近付いて、そして鍵を突き刺そうとした。
でも避けられてしまう。
「危ないなぁお嬢さん」
「知能のあるグールなのですね」
これは厄介。グールって皆ゾンビみたいなのかと思ったのに。仕事も楽じゃないですね。
足元にあった瓦礫の破片を蹴り上げて、もう一度鍵を頭に突き刺そうとした。間一髪、避けられてしまう。
「ハンターなのかい、若いのに……大変だね!」
ガッと私の腕を掴んだ。そして大きく口を開いた。噛まれると理解して、右足を振り上げる。顎にヒットさせられた。目を見開いて、私は鍵を突き上げる。今度は突き刺せた。
ブワンッと燃え上がり、あっという間に灰になって消える。
「……」
耳をすませて、臭いを嗅ぐ。いない。誰もいないようだ。
はぁ、と息を吐いた。鍵を見てみれば、血も肉もついていない。それも灰になったようだ。
非現実すぎて、呆然としてしまう。でも、まぁ、現実なのだろう。ヴァンパイアがいて、グールがいて、魔女がいる。映画のように、ドラマのように。ヴァンパイアも狼人間も魔女も出てくるヴァンパイアものの、あの海外ドラマ好きだ。……狼人間もいるのかしら。
「よし。帰ろう」
私は非常階段から出て、紙袋を持って家路につく。
日が暮れたら、私は学校に登校。友だちが「昨日のこと覚えてないんだけど、会った?」と尋ねてきた。学校で会ったけれど、すぐに帰ったでしょ。と答えておいた。新しいパーカーは褒めてもらったです。
夜の学校、定時制は授業は九時まで。
私は終わるなり、「バイバイ!」と教室を飛び出して自転車に跨る。向かう場所は、もちろん、少年ヴァンパイアさんの家だ。
「お邪魔しまーす」
声をかけて、中に入る。すでに灯りがついていたから、少年ヴァンパイアさんは起きているだろう。
「遅かったな」
「ひやぁ!」
部屋に行こうか、迷っていれば、後ろから声がした。
本を持って扉に凭れて立っている美少年ヴァンパイアさんこと、ルレウスさん。
「る、ルレウスさんっ……こんばんは」
「こんばんは。……趣味の悪いパーカーだ」
「……それはどうもです」
ルレウスさんは、パーカーを褒めてくれなかった。十字架のせいですか。
「メモの場所にグールいました。でもグールって知能があるんですね。喋りましたよ」
「グールは時間が経つと、考える力が戻る」
「それ始めに言ってほしかったですー」
「座れ」
謝らないよ! この鬼畜少年ヴァンパイアさん!
しぶしぶ、私は昨夜座った椅子に向かう。
「夜のうちに、ルレウスさんが片付けた方が早いのではないですか?」
「面倒だから君を雇ったんじゃないか」
「……さいですか」
向き合って、椅子に座る。足を組んで座るルレウスさんは、優雅だった。
「ルレウスさんは何歳のヴァンパイアなんですか?」
「君より年上だということは間違いない」
おっと、答えてくれない。
本に視線を落として、頬杖をつく。うん、それだけで絵になる。絵画みたいだ。
「狼人間はいるんですー?」
「いる」
「私って魔法が使えますー?」
「知らない」
「でも魔女の血族だって言いましたよね?」
「素質があるかどうかは別だ」
「私の血でも飲みますー?」
「いただこう」
「えっ」
パタン、と本を閉じた。質問責めになんとなく加えてみたら、思わぬ返答がきて驚く。
ルレウスさんが立ち上がるから、私は身構えた。
「少しもらうだけだ」
「……はい」
私の顎を掴んで微笑む彼に、震える声を絞り出す。
グイッと顔を、横に向けられる。
首元に、彼の顔が埋められた。
かぷ、なんて可愛らしい音がする。かと思えば、チクッと痛みが走った。じゅるり、と吸い付く音を耳にする。私は思わず、彼の腕を掴んだ。
すると、彼が私の上に座った。
「ぷはっ」
私から口を離したルレウスさんは、口の中を真っ赤にしている。レロッと艶かしく、口の中を舐め回して見せた。
ゴクリと息を飲む。また顔が熱くなる。胸がドキドキと高鳴った。
私の上にいるルレウスさんはニヤリと笑って見せると、露わになった牙を自分の人差し指に刺す。そうして出てきた血を、また私の口の中に入れた。
「明日もよろしく頼むよ、月美」
そして、耳に甘く囁く。痺れてしまう。指の先までピリピリッとした。
「は、はい……」
優しい頬を撫でられる。
あとで気が付いたけれど、首の噛み跡はすっかり治っていた。ヴァンパイアの血は怪我まで治すらしい。
翌日も私は指定された場所に向かって、仕事をする。
グール狩りだ。
今回指定された建物は、悪趣味な水色だった。またもや廃墟。今度はマンションらしい。一室、一室、押し開けて調べて見付け出した。ゾンビゲームのように銃でバーンと撃ち殺したいところだけれど、日本は銃刀法違反なので、いくらお金があっても無理。ホームセンターで買ったバッドで、頭をかち割った。瞬間、花火のように散る。
「質問が浮かんだ! どうやって死体を増やしているか!」
次に聞きたいことを思い付いた。日本は火葬なのに、何故死体がグール化するのか。あ、でも病院から盗める。暗示と言う忘れさせる技が、ヴァンパイアにはあった。
でも私が退治していていいものだろうか。
私が火葬にしてしまっているようなもの。
部屋を出ると、空が目に入った。眩しくて、暖かな空。真っ青で綺麗だった。私はそれをケータイのカメラに収める。ルレウスさんに見せよう。ヴァンパイアは陽に浴びれないみたいだから。
私は電車で戻ると、そのままルレウスさんの家に寄った。
「お邪魔します。ルーレウースさーん」
灯りがついていない。でも開いていた。鍵くらいかけておかなくちゃだめでしょう。
二階へ上がって、廊下を右に進んだ最初の部屋を開く。そこは真っ暗闇だったので、ライトをつける。棺桶を見たら、ちょっとドキッとした。
私はコンコン、とノックをする。
「なんだい。まだ陽は暮れていないだろう」
棺は開けられた。中には当然、ルレウスさんがいる。
鬱陶しそうに私を見上げるのは、ライトを向けるからか、または陽が沈む前に起こしてしまったせいか。
「あの、空の写真を撮ってきたんです」
「空?」
「何歳のヴァンパイアかはわからないけれど、明るい空を見ていないかと思って……見ます?」
起こしてごめんなさい、と言いながらフォルダから選んで見せる。
起き上がったルレウスさんは、目をしかめてケータイを覗いた。青い瞳が開かれる。
「……本当だ……久しい青空だ」
柔らかい微笑が溢れた。そんな横顔を見て、私はまた胸が高鳴ってしまう。
とても綺麗な綺麗な瞳だった。
ああ私は、きっと彼に恋をしてしまったのだろう。
この少年の姿をしたヴァンパイアにーー…。
20170827




