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3.出発は彷徨える少女と共に

 ――少女はいつ終わるとも思えない道をただひたすらに歩いていた。なぜ歩いているのかは最早思い出せない。


 半日歩いたのか半年歩いたのか、それすらも分からない。


 そこは精神と肉体の狭間。少女はどこに自らの存在があるのか分からない場所をひたすらに歩いていた。

 その世界には両方の世界から声が聞こえてくる。


「俺はなぜ生きているのだ……、なぜ……」


「何も感じない…分からない……、考えられな――」


「あなたはまだ死んでいないようだ、さすればこの世界の秘密を暴いて我らを救ってはくださらぬか……」


 そんな声が、聞こえてくる。どこから聞こえてくるのかはよく分からない。でも少女にはそんなことは関係ない。

 少女はまだ見ぬ出口を求めて歩いているし、歩かねばならないし、歩くしかないのだから。








 その後、元々決めていた日程の通りに調査が行われることとなった。陵前にとって人員の中に一般人が加入してくるとは思ってもみなかったことだったが。


「言ってもあのお嬢様普通じゃねえからな」


 調査の当日、既に6月の半ばを過ぎており北海道の短い春も終わりを迎えた。

 本州では梅雨にはいるがこちらでは梅雨前線が北に張り出さない限り晴れが多い。

 4人が最も行きやすい場所、北海道の中で最も大きく様々な路線の要衝である札幌駅を落ち合う場所に決めた。陵前と桐谷は打ち合わせの時間より少々早く、到着していたのであった。


「何が?」


「お前あの人のこと舐めてちゃいけねえよ。あれでも企業グループのトップ張ってるんだからな」


 車を近くの有料駐車場に止め、武家と八阪が乗ってくるであろう車が来そうな場所で待機している二人。浮かない顔をしている陵前に対して桐谷はそんなことを話してくる。


「別にその人のことをどうと言った覚えはないが。色んなことが入り混じって結構憂鬱でな」


「まあ安心せい。あの人多分お前より強いから。金持ちの趣味って奴なのか、何とかっていう護身術だったり確か拳銃やらライフルやらも使えたりするはずだ」


「……それはそれで頼もしいが」


 身体的な強さはこの時代あまり関係はない、と陵前。


「それじゃあお前の護衛なんかいらないんじゃないか? むしろお供を付けてる意味が分からん」

「俺は単なる人柱兼使い走りだしもう一人の俺と同じお嬢さんのお供はただの身の回りの世話役だし。実際そこらのチンピラに絡まれたくらいじゃビクともしないだろうしなぁ」

「それでもあなたは必要なのよ、間違いなくね」


 一台の車が二人の前に止まり、中から武家とそれに伴って八坂が降りてきた。その車は派手な外車など目立つものではなく二人の服装もいたって普通のものであった。


「こんなところに派手なの持ってきても場違いでしょ。私自身がああいうのはそんなに好かないっていうのもあるけど」

「…あまり外の人に私たちのことを喋らないように」


 いたって飄々とした、しかし表情の中にどこかこれから起こることを期待する色をにじませている武家。それと対比するように周りを警戒し、また不用心な桐谷に対して咎めるように口をとがらせる八阪。


「あれ、聞こえてました?」

「割と大きな声で会話してましたよ。あなたたちの声に気を留めた人はいなかったようですが」

「そんなに神経質になる必要ありませんって、八阪さん。今日は連れがいるんですからもっと気楽にいきましょう」


 目を細めて桐谷を睨み、もう一言何か言おうとすると武家がそれを塞ぐように誰へとともなく言葉を返す。


「確かにそんなに堅くなる必要はないわ、今回は特に何でもない用事なんだし。でもそこの陵前警官さんにあまり負担をかけないようにはしましょう」


 そう言うと陵前の方へ体を向け手を伸ばした。


「はじめまして、陵前さん。いつもうちの桐谷が世話になってるみたいで」

「こちらこそ桐谷さんには色々と便宜をはかってもらっていて助かってます。改めて今回はよろしくおねがいします」


 握手と笑顔を返し武家と挨拶をする陵前。その陵前に向けて遠慮がちに八阪が声をかける。


「すみませんね、うちのお嬢様が無理言って。捜査のお邪魔にならないようわたくしも尽力させてもらいますので……」

「いえいえ、今回の案件は不可解かつ不明瞭です。わたくしども警察としましても全く事件について何もつかめていない状況でして、人数が増えて手掛かりを手に入れられる機会も増えるのではないかと思っておりますので」


 武家と八阪の二人を順繰りに期待を込めて視線を送る。


「私としてもなるべく協力するつもりだから戦力の一つに数えてもらってもいいのよ。これでもあそこら一帯をまとめる長ってことになってるんだから」


 武家は関係者の聞き込みは私に任せなさい、と胸を張る。


「ま、そういうことだ。お前には探し出せなかった情報を見つけられるかもしれん。あまり気を遣わずに俺らを使ってくれや」


 桐谷はラフな口調で陵前へ改めて協力の意を示した。







 少女はまだ幼かった。この地の引力に負けてしまった。しかし誰かが呼んだということではなく、自分からその力に吸い寄せられていったのだ。


 ほら、また声が聞こえてくる……。


「――まあまあ、そこで見てなって。ここで何が起こってるのかわかるはずだ」


 …男の声のようだ。何やらもう一人に諭すような口調で話しかけている。


「俺が重要参考人であることは確かに間違いないかもしれない。だけどそのまま俺を拘束してもそっちには何の得もないぞ。話す内容の一割だって理解してもらえないと思うからだ」


 その話は何度も聞いた、というような表情を聞かされた方はしている。

 どうやらこの人たちはいつも聞こえてくる声とは少し違うようだ。正直ずっと同じ場所で同じ声を聞きながら同じ道を歩いているのだから飽きてくる。いつもとは違う何かがあったらそれに注目してしまうのは仕方がない。






 支老湖へ向かうにあたり車は二台。陵前と桐谷が乗った車と武家と八阪が乗った車に分けた。それは二台あった方が何かと動きやすいという理由もあり、単にその二人ずつの方がくつろげるという理由でもあった。

 武家たちの車が前、桐谷たちの車が後ろで札幌から支老湖湖畔までの約1時間半のドライブである。

 この道は4つの道の中でも大分アップダウンが激しく、途中には峠といってもよいほどの登りがある。

 サイクリングにはヒルクライムを覚悟しなければならないため一般車では向かわない方がよいだろう、だが競技者やあるいは力試しなどには丁度良い負荷が期待できる道だ。




 峠の頂上を越えると見晴らしの良い支老湖を上から見晴らせる下り坂になる。

 支老湖はカルデラ湖であり、周りは1000m級の山々に囲まれている。決して高くはないが人を遠ざけるには十分な天然のオリだ。周囲の長さは40kmほど、最大水深は360mもある。

 カルデラ湖は一般に貧栄養湖だがここ支老湖はその中でも群を抜いて水がきれいだ。

 透明度では他の湖の方がよいが、水質では何度も日本一に輝くほどの実力を持つ。

 その湖畔は一部キャンプ場になっている砂浜を除きほとんどが岩礁であり歩くのには適さない。道路は支老湖を取り囲むように敷かれているが一部落石等が原因で通行止めになっている。


挿絵(By みてみん)


 

 札幌から来た場合、湖畔に出てから南下すること15分で温泉街に出る。

 駐車場に車二台を止め、4人が出てきた。


「安全運転どうも。無事で何よりよ」


 微笑み、運転手二人をねぎらう武家。

 それに一礼して桐谷が応える。


「いえいえそちらこそ、無事で何よりです。してこの後会議まで1時間くらいありますがどうしましょう」


「場所は確保してあるし私はそこに行って待つことにするわ。早く行って損することはないし」


 八阪と桐谷はそれぞれの仕事。八坂は武家に付いて会議の補佐役、桐谷は会場のホテルの前で何かがあった時の為に待機をすることになる。


「陵前さんは会議終わるまで…12時くらいまでは自由行動でいいわよ。そこからは私たちと一緒に行動してほしいけど」


 陵前は数少ない手がかりをもとに調査をする。

 それゆえに武家たちは彼の持っている情報をもとにさらなる手がかりを探っていく以上、4人は集団行動をせざるを得ない。


「そうですね。別にどこと言って行きたいところがあるわけじゃないですし桐谷と一緒にいますよ」


 その旨を陵前も理解し武家の提案を受け入れた。



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