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第12’章 最後の日(2)

 あたしは、いつの間にか牢に向かって走っていた。

 ヴェガが止めるのも振り切ってしまった。

 だって、シュルマが……。


 危険がないからって代わってもらってたはずだった。でもシトゥラが絡んでるとなると、シュルマ一人じゃどうしようもない。

 あたしは、彼女の無事を一目確かめたかったのだ。

 大丈夫、考え過ぎよ――そう考えようとするけれど、嫌な予感が空に広がる灰色の雲のように重くのしかかって来ていた。

 ぽつり、ぽつりと雨粒が頬を打つ。牢に着く頃には、その雨音が足音を消すほどひどい雨になっていた。


 ――どうかお願い、何事もありませんように!

 そんなあたしの願いもむなしく、牢の様子は明らかに前来た時と異なっていた。

 吐く息が白く曇る。それが晴れるとその向こうに牢番の一人が入口付近で蹲っていた。腹部に刺し傷があり、そこを押さえて苦しげに息を漏らしている。押さえた手の間から赤黒い液体が止めどなく流れ出していた。


「どうしたんです!?」

「……襲撃が……」


 男はそううめくと大きく喘いだ。それ以上声を発することができないようだった。

 あたしは彼の傷に応急処置を施す。幸い傷は浅いようで、急所も外れていた。

 彼に肩を貸し、入口近くの詰め所の寝台に横たえる。

 そして「すぐ助けが来るから」と言って励ますと、奥へと足を進めようとした。


 急がないと。


 奥の方から悲鳴が聞こえる。

 降り出した雨のせいで室内は暗く、明かりがないと目が利かない。その上、燭台の火は消え、目を凝らしても何も見えなかった。


 足音が近づき、あたしは咄嗟に近くの牢へと姿を隠す。

 シーツにくるまれた人のような塊が背の高い男に担がれていく。その男の顔を見てあたしは悲鳴を上げそうになる。

 なんで――

『……あなたは……皇子から離れたいのでしょう?』

 その声が蘇る。

 彼が、シリウスにいい印象を抱いてはいないことは知っていた。でもルティと繋がって――こんな裏切り、許されるわけがない。


 かっと頭に血が昇るのが分かった。

 もう誘拐だけの罪で済まなかった。捕まえないと。


 あたしは思わず彼の後ろを追いかけていた。

 確か剣術大会で準決勝でルティに負けてって……ってことは、かなりの腕前だということだ。

 あたしでは、とても太刀打ちできないだろう。

 でも……だからといって見過ごせなかった。無鉄砲って言われると分かっていても……我慢できなかった。


 入口に吹き込む風にあおられ、シーツがめくれたかと思うと、ふわり、と淡い黄緑色の何かが目の前の地面に落ちる。

 石の廊下がそこだけ切り取られたようだった。手に取って驚いた。

 ……これ……

 流れ込む記憶に気が削がれそうになったけれど、今はそれどころではなかった。ポケットにそれを仕舞いこむと、足を急がせた。



 彼は軽々とシュルマを抱えたまますごい勢いで山道を駆け下りていく。途中ですごい勢いで雨粒が落ちてくる。一気に視界が悪くなり、あたしは焦った。距離を縮めないと撒かれかねない。

 あたしは気付かれないぎりぎりの距離をとって彼を追いかける。

 後ろで声が聞こえた気がして振り向くと、曲がりくねった山道の上のほうからミアーが血相を変えて叫んでいた。簡単には追いつけない距離をその声で取り戻そうとしているようだった。

 気づかれるんじゃないかって山道を見下ろしたが、前方はこちらに気がつく様子も無くどんどん駆け下りて行く。


「なんであなたがここにいらっしゃるんです!? 何のために入れ替わったと思っていらっしゃるんですか!?」

 かすれた声が届く。

「ここは任せて宮に戻られてください!」

「――あたしじゃないってばれたら、シュルマがどうなると思ってるの! 放っておけるわけない!」

「……」

 ミアーは答えなかったが、その答えは聞かなくても分かっていた。相手はあのシトゥラなのだ。

 シュルマの笑顔が脳裏に蘇る。

 あたしのこと、見捨てずに、信じてくれた彼女のこと。笑って身代わりを務めてくれた彼女のこと。あたしが何もせずにはいられなかった。


「無茶はしないから! 父に知らせて! それから、――シリウスには知らせないで!」


 あたしは相変わらず戻れと叫ぶミアーの声を振り切るようにして、今のやり取りのうちに小さくなった人影を追った。

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