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第10’章 隠された瞳(6)

「でも規定がありますし」

 目の前ではミアーが困ったようにシリウスに言い聞かせている。

「それなら……ここで暴れて捕まればいい? 一晩留置されようか?」

 梃子でも動かない気らしい。シリウスのそんな頑固な態度は珍しかった。


 ミアーが牢番の男と少し話すと、あたしの隣へと戻ってくる。そしてあたしを見つめて小声で尋ねる。

「あんな風に言われてますけど? 式間近のこの時期に騒ぎを起こされるのは困りますので、皇子のことは目を瞑ろうかと。

 ……あなたはどうなさいます? 隊長には少しの間だけ、とお聞きしたので、あなたの事をお預かりしてるのですが」

「おねがい」

 あたしは考える間もなく口に出していた。

 シリウスがここに残るっていうのに、あたしだけ宮に戻るなんてとても出来なかった。

 少しでも長く彼の側に居たかった。


 ミアーは少し迷惑そうにため息をつく。

「重要人物が二人もこんなところにいらっしゃるとなると困るのですが。……ただでさえここは警備が手薄なんですから。

 隊長には報告しますからね?」

 ……父に報告、か。

 後で何を言われるか分からないけれど、シリウスに何かあったら大変だもの。……仕方が無い。

 あたしはミアーに向かって頷く。

 彼女は少し息をつくと、シリウスのところへ戻り、何か彼に言い聞かせていた。

 その後ヴェガがやはり牢の中のシュルマに話しかけていた。あたしは申し訳なくて仕方が無くなる。

 いつも何もかも打ち明けて来た彼女に、こんな風に隠し事をするのは辛かった。

 今日、シリウスが戻るのなら、その後彼女のところに行って事情を話すつもりだったのでなおさら悪い気がした。

 がっかりしたまま牢を去るその後ろ姿にあたしはそっと謝った。

 ――ヴェガ様……すみません。明日説明しますから。


「これを」


 ふと隣に気配を感じ、そちらに顔を向けると、ミアーが食事ののったくすんだ銀のトレーを持って立っていた。

「?」

 あたしが不思議そうにしていると、彼女は言う。

「仕事をしてるように見えないと不自然でしょう。牢に配って下さい」

 あたしは硬そうなパンを見つめる。

「でも、誰もいないのでしょう」

「他に仕事が無いのですから仕方ないでしょう。それとも帰ります?」

 あたしは慌てて立ち上がるとトレーを抱えて牢の奥の方へと足を運ぶ。後ろから声がかかり、振り向くと、ミアーがパンを手にしていた。

「あなたもお腹が空いていらっしゃるでしょう。奥の方で食べて頂いてもいいですよ……味は保証しませんけれどね」

 あたしは頷くと、その場を去る。振り向き際にミアーの姿の影から椅子の上でぼんやりと膝を抱えるシリウスがちらりと見え、胸が詰まる。


 彼は魂の抜けたような顔をしていた。ほんの少し間違えば、壊れてしまいそうだった。


 あたしは半分泣きそうになりながら、奥にあった空の独房で硬いパンを食べた。鼻の奥がつんと痛くて、……味なんて分からなかった。

 *

 パンを食べ終わって戻ろうとしたら、廊下の床の上をシリウスのその声が流れて来ていた。まるであたしだけに届いてるかのように鮮明にその声は聞こえてきた。


「スピカ……ごめん。僕、君を傷つけてばかりで。君を守るって言ったのに、こんなことになってしまった」


 慌てて声の方を見ると、彼は独房の扉にしがみつくようにして、謝罪の言葉を連ねていた。その姿は血を吐いてるようにも見えた。


「僕は……自信がなかったんだ。僕は君が好きでたまらないけど、君の方はどうなんだろうって。本当に僕でいいのかって。……君が無理をしてるんじゃないかって」


 あたしは目を見開く。

 彼の口からこぼれ出るその言葉。それは、あたしの台詞だった。

 好きでたまらないのは……あたしだ。自信が無いのなんて、……あたしの方だった。

 だって、シリウスは……あたしじゃなくっても、他にたくさんの妃を迎えられるから。

 彼が心を開けば、どんな女の子もきっと彼に夢中になる。彼の笑顔はそれだけの魅力を持っていた。

 もっと綺麗な女の子や、もっと優しい女の子。もっとお金持ちの女の子だって。どんな女の子だって手に入れられる。

 あたしの持つ取り柄なんて、心を読めるその力だけ。それを封印してる今、あたしが彼の傍に居られる理由は、本当は何も無い。


 扉は沈黙していた。

 それでも彼はそこに向かって言葉を投げ続けていた。

「僕は君を幸せにしたい。でも、本当に僕の隣にいることが君の幸せなのかって。……君の口から聞きたかった。確かめたかったんだ」

 あたしはそれを聞いて……初めて気がついた。


 ――あたし、……彼に一度も好きって言ってない……?


 嘘。

 思わず、悲鳴に近い声を上げそうになり、口を覆う。

 かすれた吐息だけが、指の間からすり抜けた。

 ――あれだけ求めておいて、自分からは与えてなかったなんて。


 足から力が抜け、ふらふらと壁にもたれかかる。そんなあたしに追い討ちをかけるように、シリウスの声は響く。

「僕は、このひと月ずっと君が欲しくって、でも、……怖かったんだ。君が僕以外のヤツのモノだったらって考えるのが死ぬほど怖かった……怖過ぎて聞けなかったんだ。……でもこんなことになるくらいなら聞くべきだったって、今は思うよ。

 たとえその答えが何であろうと……僕の気持ちは、変わらないんだから。僕には君しかいない。……何があっても君のこと、諦められないのなんて、……僕には分かってるんだ」


 あたしは、立っていられなくなり、独房の古ぼけたベッドに座り込む。とたんに埃が舞うが、気にも出来なかった。顔を両手で覆う。嗚咽を抑えるのが精一杯だった。


 ……こんな想いに応えられるの?

 彼にあげられるものなんて、本当に僅かなものしか無いというのに、なんでここまで想ってもらえるの。

 あたしはその赤裸々な告白に、嬉しくて胸が震える反面、そのあまりにも一途な想いに恐怖さえ感じていた。

 中途半端な気持ちじゃ、きっと怖くなって逃げ出してしまう。


 あたしは自分の胸に、覚悟を問う。


 ……大丈夫。きっとあたしも同じだけ彼の事が好きだ。――負けずに、好きだ。


 そう思うと、それを伝えたくて仕方が無くなる。

 どうしよう。

 でも、約束は約束だし……。『シリウスのため』と考えると……身動きが取れない。そこまで陛下は考えていらっしゃったのかしら。

 見透かされてるように思えて、なんだか悔しかった。

 あたしは大きく深呼吸をして睫毛についた涙を散らすと、ミアーの隣へと戻る。

 彼女は意味ありげにあたしを見つめると、尋ねた。

「聞かれました、よね?」

 あたしは頷く。

 彼女は少し息をつく。ホッとしたようだった。

「よかった。……あれをあなたが聞かれていないのでしたら、あまりに皇子が不憫で。

 ……噂には聞いてましたけれど……随分と愛されてますね。見てる方が恥ずかしくなります。……身代わりも楽じゃありませんね」

 咳払いをするとミアーは独房の小窓を眺める。

 ……面と向かってそう言う人は初めてで、あたしは赤面するのを止められない。

「ご、ごめんなさい」

 なんというか……シリウスは、熱くなると周りが見えなくなる、そういうところがあるから。さっきのも、ミアーの事なんか忘れてたんだろう。シュルマに至っては……後でなんと言われるかなんて、考えたくもない。

 後で思い出すと恥ずかしいような事って結構あるような気がする。

 ……ああ、でも、あたしも人のこと言えないのかもしれない。

「皇子、眠られないつもりのようですね」

 ふと見ると、長椅子の上の彼は、まったく寛ごうという様子はない。

 思い詰めた顔をしてじっと薄汚れた扉を見つめていた。

「ここに残られるのも、『あなた』を守るためのようですし……式の準備や、捜査でお疲れでしょうに」

「……捜査?」

「ご存じなかったのですか? 皇子は午後、ずっと事件の事を調べられて駆け回っておいでです。あなたの罪を晴らそうと」

「……そんな」

 うまく人を使ってると思っていたのに。だって……儀式の準備だけで忙しい事は身を持って知っているのだ。立場を考えると準備の手抜きをするわけにはいかない。となると削るのは睡眠時間しかないはずだった。その上、牢を見張ろうなんて。――無茶だ。

「皇子もまだ、周りに信用できる人間を集めきっていませんからね、自分で動くしか無いのでしょう」

 ミアーはシリウスをちらりと見ると残念そうに言う。

「じゃあ、いつ眠るって言うの……」

 あたしの呟きにミアーはため息をつく。

「あなたの罪が晴れるまでは、お眠りになられないつもりかもしれませんね」

「だめよ、そんなの」

 万が一倒れたりして儀式に出られないことがあったら、あたし、ジョイア国民に顔向けできない……。

 ミアーにそう訴えると、彼女は一旦牢番の詰め所へと戻り、そして甘い香りのするお茶と毛布を持って戻って来た。

「皇子には気の毒ですが……守るべき人がいないのであれば、体力の無駄遣いですからね」

 そう言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。

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