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第10’章 隠された瞳(5)

 いろいろ聞いています、か……。

 父さんは一体何て言ってるのかしら。

 あたしが気になってじっと見つめていると、ミアーは少し笑って言う。その笑顔は彼女の顔を少し幼く見せた。

「……普段はそうでもないけれど、皇子が絡むととたんに無鉄砲になる、と隊長は言われていましたよ」

 ……。

 聞いていたシュルマが吹き出し、あたしはさすがに何も言えずに項垂れた。

 思い当たることがありすぎた。



 にわかに入り口の辺りからざわつきが壁沿いに伝わり、牢全体に緊張感が走る。

 ――シリウスかしら。


 あたしがそちらに視線を向けると、ミアーがあたしの肩を叩く。

「帽子を被り直して下さい。……それから、絶対に口をきかない事。皇子と接触しない事。お約束願います。これは、勅命でもありますからね」

 ――勅命。

 あたしはその言葉の迫力に押され、頷く。

 複数の足音が微かな話し声と共に近づき、あたしはミアーとともに壁際へと寄る。燭台のオレンジ色の光が届かないそこには、古ぼけた木の椅子が二つ。あたしたちはそこに腰掛けると、背中を壁に添わせ息を詰めた。



「こちらです」

 入り口にいた係の男が、後ろに二人の人影を引き連れて現れる。

 あたしは隣のミアーに続き、慌てて立ち上がると、彼女を真似て敬礼する。

 目の前には闇と同じ色の髪と瞳を持つ二人の人物。この国でそんな特徴を持つ人物は限られていた。一歩踏み出した影。その瞳に燭台の光が反射して、鮮やかに煌めく。彼は牢の扉を鋭く見つめていた。


「面会だ」

 牢の小窓が嫌な音を立てて開き、それに被さるように男の声が響く。

 シリウスが待ちきれないように扉に駆け寄る。そして牢の小窓の錆び付いた格子に手をかけ、そこを握りしめた。格子についた錆がパラパラと微かな光の中、舞う。


「スピカ」

 ――絞り出すようなその声。

「話がしたいんだ」

 当然シュルマは返事をしない。

 彼の言葉に応えるものはいなかった。

 あたしは、思わず彼の方に引き寄せられそうになり、ミアーに肩をつかまれた。

 さっきしたばかりの約束を思い出す。

 ――そうだった。……勅命。

 ぐっと拳を握りしめ、足を元の位置に戻す。


 耳が痛いくらいの沈黙が広がっていた。

 シリウスは小窓にしがみつくようにして食い入るように部屋の中を覗き込んでいた。

 その綺麗な横顔が苦痛に耐えるように歪んでいる。


 ――見てられない――。


 あまりの痛々しい表情に、あたしは思わず俯きかけ、でも、それをぐっと堪えた。

 ――彼は、『あたし』に話しかけてるんだから。目を逸らしては、駄目。


「スピカ」

 長い長い沈黙を破るように、諦めきれないようなそんな声色でシリウスが呟く。

 それを機に、牢番の男が気の毒そうにシリウスに切り出した。

「申し訳ありませんが、時間です。……話す気がないようなので……」


 シリウスは顔を強張らせたまま、側にあった長椅子に座り込む。腐りかけた椅子の足がミシリと痛々しい音を立てた。

「……僕は朝までここにいる」

 彼はキッパリとそう言った。

 

「困ります」


 ミアーが困惑したように声を上げた。そして、あたしを隠すように一歩前へ出る。


「皇子をこんな場所になんて……」

「でも、君たちも一晩ここにいるんだろう? 女性でも耐えられるんだ、僕だって平気だよ」

 彼は寂しそうに笑ってそう言う。


 ――だめよ! 風邪引いちゃう!!

 あたしはそう言いたいのをミアーにちらりと睨まれて必死で飲み込む。

 そして、その言葉に刺激されてふと思い当たる。


 …………風邪。


 そう言えば、今だって鼻声だし、……あのときだって、今思えば妙に体が熱かった気がする。

 手紙にも書いてあった。寒かったって。


 あまり考えたくなくって思い出さないようにしていた。でもどうしても不思議だったのだ。

 なんでシリウスが……エリダヌスを抱きしめたのか。

 彼の気持ちがあたしにあるのなら、あんなこと起こるはずが無かった。

 だから何かきっと理由があるって思ってはいたけれど。


 あの記憶の中では確かに部屋は真っ暗で……見分けがつかなくてもおかしくない。でも、エリダヌスの場合は香があるのだ。あんな匂い、気がつかないのがおかしい。だから彼が知っててそうしたのかと思ったけれど……。


 ――そういう事なの?


 誤解なら、あれが不可抗力なら。あたしは彼を責めるわけにはいかない。彼は、苦しんではいても、あたしを責めはしなかったんだから。

 今すぐにでも確かめたくて堪らなくなるが、やはりミアーにしっかりと睨まれ、あたしはぎりと歯を食いしばった。

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