第2章 揺らぐ覚悟(4)
僕は、その後湯浴みをすませると、例の侍女セフォネに連れられ、外宮の長い廊下を渡っていた。
歩きながら先ほどのやり取りを思い出す。
「……なんだって?スピカが来れない?」
「……授業が終わらないそうです。他の娘を呼びますか?」
もう夜半が近かった。
なんだっていうんだ……。スピカだって疲れてるのに、こんな遅くまで?
僕が腑に落ちない表情をしているのを見てセフォネが補足する。
「……彼女が式までに覚えなければならないことは、皇子よりも多いのです。仕方ないでしょう」
……昼も会えない、夜も会えない。
そんなのはごめんだった。
「いや、それなら僕の方から行く。部屋で待つよ」
セフォネはとんでもないというように顔を強張らせ止めたが、僕が準備をして部屋の外で待つと、諦めたように僕を案内し出した。
スピカが正式に妃となったとしても、正妃に収まるまでは外宮暮らしとなる。
外宮は石造りの本宮とは違い、全て木造だ。木の香りが心を和ませる。
外宮と言っても、それは名前だけで、本宮とつながっているので、僕の部屋から歩いてすぐのはずだった。
しかし。
いくつ、部屋を数えただろう……。
長い渡り廊下を渡りきり、城門が見えると、右側の外宮に入る。僕は外宮には詳しくなかったため、彼女の部屋を覚えておきたくて、同じような扉をずっと数え続けていた。
城門前の近衛詰め所を遮って、いくつか角を曲がり、僕が九つの扉を数え終えたころ、ようやく一つの部屋の前にたどり着いた。
すでに僕は湯冷めしそうになっていた。春とは言っても、まだまだ夜はひどく冷える。僕はすぐに部屋に入れると思っていたので、薄着のまま出てきてしまっていた。
「……遠すぎないか?」
ひとつくしゃみをして、僕は文句を言う。
これでは簡単に通えないし、スピカが本宮に来るのもいちいち大変だ。
「本宮から近い部屋はすべて埋まっておりまして」
「空ければいいじゃないか」
というか、空けるべきだろう。
「そうは言われましても……せっかくご用意しましたのに。引越しには時間がかかります」
セフォネは交渉する気さえなさそうだ。
父が言っていたのは、こういうことか。
……スピカに対する嫌がらせのつもりなのだろう。
彼女の態度からも、徹底してる感じがした。
しかし……これは。はっきり言って、今は僕に対する嫌がらせとしか思えない。
セフォネは部屋の戸を軽く叩くと、扉を部屋の内側に向かって大きく開く。
部屋の中は暗く冷えきっている。
「どうぞ」
セフォネは暖炉に火を入れて無表情にそう言うと、扉を閉めて、出て行った。
僕は暖炉の側にあった長椅子に腰掛けため息をつく。
なんだか……今日は疲れた。
スピカに会えないのがかなり堪える。
たった1日なのに、ずいぶん長い間会っていないような気がする。
これからずっとこうなんだろうか。
夜一緒に過ごすだけ。
そんなの僕が求めてるものとは違った。
部屋は少しも暖まらず、僕は寒さに耐えかね寝台に潜り込む。
柔らかい枕に顔を埋めて、ふと思い出す。
……枕にされてたよな、たしか。
スピカと出逢った頃を思い出して、笑みがこぼれる。
僕は始終彼女に振り回されていて、……でもそのお陰で、いろんな辛いことを忘れていられた。
あの時は、こんなことになるとは思いもしなかったけど。
今は僕の方が彼女を枕にして眠りたい。
何も考えずに、いろんなことを忘れて、あの柔らかい体を抱きしめたかった。