第8’章 それぞれの想い(4)
「あなたが皇子と一緒に居たというのは本当ですか」
目の前の椅子に腰掛けると、唐突に彼はそう言った。
一瞬息が詰まる。背中を冷や汗が流れた。
……詳しく聞いたりはしないと思うけれど。
一気にシュルマがいないのが心細くてたまらなくなる。やっぱり無理を言ってでも残ってもらえば良かった。
あたしが黙っていると、グラフィアスはため息をつく。
「また黙りですか」
「……」
だって……。
グラフィアスは気の毒そうな顔をしている。
あたしは少し気味が悪かった。
この人……何を知っているというの。
あの守衛……この人に何か話したのかしら。
あたしはあの時本宮の出口ですれ違ったあの兵を思い出していた。あたしが誰か……少し考えれば分かっただろうし、あのときの姿を見ればだいたい何があったかくらいは想像がつくのかもしれない。
嫌だな……。
凄く惨めな気がした。
「……色々話を聞いて、最初は、あなたが皇子を独り占めしようとしていると……そう近衛隊では考えていましたが、……どうも違うようです」
グラフィアスはその目を突然鋭くして、あたしを睨むようにして言った。
「あなたは……皇子から離れたくて、事件を起こしたのですね?」
決めつけるような口調だった。
なにか主張を押し付けられるような感覚がして、あたしは不快に感じる。
何も言わないからって、決めつけられるのも嫌だった。
「あたしは」
顔を上げて反論しようとすると、グラフィアスは、遮るように口を開く。
「いいのです。あなたは……皇子から離れたいのでしょう?」
思わず口を閉じる。
確かに……理由なんてどうでもいいのかもしれない。
このまま口をつぐんでいれば、あたしはシリウスから逃れられるのだから。
……それにしても、なんでこの人は。
公正なはずの近衛隊で、こんなこと、許されるとは思えない。手抜きもいいとこだ。
この人のやろうとしている事は、――まさか犯人の隠蔽?
「あなた……何を知っているの」
「何も。……ただ、あなたの助けになりたいと思っているだけです」
……あたしの、助け?
さっきのシュルマの話が頭の隅をかすめた。
怪訝に思い彼を見ると、彼はその茶色い髪を揺らし俯くとふと笑う。
「私は……侍女をしている頃のあなたに懸想してました」
突然の告白だった。固まるあたしを前に彼は言葉を連ねる。
「真剣でした。……でも、どうしても敵わない相手がいると知って、諦めたのです。私は諦めるのと同時に『彼』を応援する事にしました。あなたに相応しい相手だと思ったからです。
ところが、蓋を開けてみると、あなたは皇子のものになる事が既に決まっていたようだ。
あんな……何も出来ない子供には……あなたは、もったいない」
グラフィアスは冷たい声で呟く。あたしはその顔をふと見て鳥肌が立つ。さっきまでの穏やかな顔が嘘のような……厳しい表情。殺人現場で彼を初めて見たときのような張りつめた表情だった。
バキッという音がして、見ると、彼の手の中でその筆が折れていた。あたしは思わず椅子の上で体を固めた。
怖い――
二人っきりでここにいるのが怖かった。
頬が強張る。
――シュルマ……!!
「おや……怯えさせてしまいましたか。すみません」
あたしの様子を見て、彼は表情を和らげる。
「大丈夫です。あなたを傷つけるようなことは私はしませんよ。……あの皇子のようにはね。
――私はあなたの助けになりたいだけなのです」
彼は再びそう繰り返した。