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第8’章 それぞれの想い(2)

 湯殿から出ると、あたしは自分の部屋へと連れて行かれる。

 部屋の前には兵が二人。出入り口を固めていた。

 どうやら、もう部屋の中も調査が入っているようだった。あたしが最後に見たときと微妙に配置が変わっていた。

 自分のものを他人が触っているのは気分が悪かったが、立場を考えると仕方が無い。

 もともと、身一つでここにやってきたのだ。そんなに物を持っているわけでもないし。

「スピカ様」

 部屋の隅に控えていたシュルマがあたしを見たとたん近づいて来た。

 その頬は涙に濡れている。

「シュルマ……? どうして? ここにいても大丈夫なの?」

「今はまだ容疑が確定してないから、今まで通りに、と言われて……。でも、どうしてこんなことに……」

 いつも陽気な彼女からは考えられないような、悲愴な顔。

「ごめんなさい、迷惑かけて」

 思わず謝った。

 ――応援してくれてたのに、こんな風に裏切ってしまって。

「昨晩は……皇子とご一緒だったのでしょう? 私、部屋に入っていくのを見たって、そう言ったのよ、近衛兵の方に。でも誰も信じてくれなくて。それに……あの時一緒に居た先生たちも口を閉ざしてしまっていて」

 多分、色々なところからもう圧力がかかっているんだろう。

 あたしの味方なんて本当に数少ない。もともと邪魔な存在なのだ。皆で口裏を合わせていてもおかしくなかった。シュルマがこうして以前のままいること自体が奇跡のような事だった。……でもきっと……その方がいい。シリウスの立場では犯罪者とは……もう会うことは出来ないのだから。


 あたしは……ほっとしていた。

 もう……あんな身を切られるような想いをしなくてすむ。

 ただ静かに生きていくことが出来るのだ。

 その方がきっとあたしにふさわしい。


 扉が叩かれ、部屋の前にいた近衛兵が顔をのぞかせる。

「あの。……食事を持って来ました」

 なぜだか妙に顔が赤い。

「ありがとう」

 あたしは礼を言うと、食事の乗ったトレイを受け取る。

 柔らかそうなパンと湯気の立つスープに冷やしたサラダ、それに香草の乗ったいい香りのする川魚のソテー。その上デザートのフルーツと水菓子まで付いていた。

 量もいつもと同じか、それより多い。

 ……なんでこんなに豪勢なの。

 あたしが目を丸くしていると、シュルマが呆れたように短く息を吐く。

「私の食事と比べ物にならないんですけど」

 そう言って彼女が兵を睨むと、彼は慌てたように扉を閉めた。 

「?」

「スピカ様……さっきの兵覚えてる?」

 あたしが首を振ると、シュルマは少々哀れみを込めた口調で呟く。

「……皇子しか目に入っていないんだもの、当然か……。彼らにとってみれば降って湧いたようなチャンスなのよねぇ……」

「?」

「相変わらずね、スピカは」

 シュルマは侍女の仮面をふいに取リ払った。

 あたしが少し驚いて顔を上げると、シュルマはその目を細める。

「……この方が話しやすいんじゃない? あなた皇子と何かあったんでしょう。……何があったのか話してみない? 少しは楽になるかも」

 そういうと彼女はあたしをじっと見つめて、にっこりと笑う。

 そのあたたかい笑顔を見ると、あたしは胸の中の想いが暴れ出すのを押さえられなくなった。

 涙と共に、言葉が溢れる。

「あたしたち……もう駄目なの。……妃なんて、最初から無理だったの」

「……」

 シュルマはあたしをベッドに座らせると、頭を抱えて背を撫でてくれた。

 その小さな手はとても暖かかった。

 あたしは、ぽつりぽつりと昨夜の事を打ち明ける。

 シリウスの部屋にエリダヌスが入って行った事。そしてシリウスが彼女の香りを纏っていた事。話も聞いてくれず、暴力とも感じられるくらい強引だった事。その上、一方的に怒ってあたしを置いて出て行った事。

 力の事は相変わらず伏せておいた。話が長くなりすぎるし、どう話していいかも分からなかったのだ。

「エリダヌス様の事は分からないから何とも言えないけれど……。あなたたちって……お互いの事分かってるようで分かっていないみたいね。どっちも盲目になっているっていうか。……周りから見てると、明らかな事なのに。じれったくて仕方ないわ」

「盲目?」

「好きで堪らないから……よけいに見えなくなってるみたい……。まだ若いんだものね。それに初恋なんでしょう、きっとあなたも、……皇子も」

 ……初恋。

「どうすればいいのか分からないのよね、きっと。

 最初は自分が好きなだけで満足してて……でもそのうち相手の心が欲しくなって。手に入ったと思うと、それを失うのが怖くなって。……相手の気持ちを信じたいけど信じられなくなる。だから何度でも確かめずにはいられない」

「……」

 シュルマの言葉がじわじわと乾いてひび割れた心に染み込んできた。

「シュルマも……そんな恋をしているの」

「昔の話よ。あなたくらいの歳だったかしら……。駄目になっちゃったけど。……でも、そんなものなのよ、みんな。男も女も関係ないわ」

 シリウスが……あたしと同じ気持ちだった?

 あたしだって、彼を失うのが怖くて……彼が他の女の子を妃に迎えようとしているのが辛くて。考えたくなくても悪い方向に考えてしまって。



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