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第6’章 裏切り(3)

 小さな摩擦音を立て、扉がそっと開かれる。


 あたしは、その微かな音にようやく少しだけ反応できた。

 まるで成人の儀の時ように、下腹部は重く、体の節々が痛んだ。――あのときはそれさえ嬉しかったのに、……今はただ辛いだけだった。


 鈍い痛みが手首に走り、月明かりを照らすと少しだけ痣が出来ていた。


「あ、の……今皇子が、こちらから出て来られて……泣き声がしたので……」


 幼い高めの声が控えめに投げかけられた。

 あたしは自分がまだ泣いている事に初めて気がついた。

 シリウスが出て行った後、嗚咽を堪えられなかったのかもしれない。

 扉の方を見ると、小柄なシルエットが浮かび上がる。逆光で顔は見えないが、声から察するに少女のもの。


 ――幼いけれど……侍女かしら

 あたしにはもう考える力がほとんど残っていないみたいだった。


「……大丈夫ですの?」

「……」


 大丈夫とは言えなかった。

 少女の方から見れば廊下からの照明で、あたしが今どんな様子なのか分かるだろう。

 あたしはほとんど何も身に纏わない状態で、呆然とベットの上に座り込んでいた。

 相手が同性だからというのもあったけれど、それ以上に、隠す気にもなれないくらい消耗していた。


 少女はおびえていた。


「皇子に……乱暴されたのでしょうか」


 心細そうな声が部屋に響く。

 あたしは肯定も否定も出来ず、涙を拭うと黙って服を纏い出す。


 ――乱暴された?


 あたしたちの関係は、そういうものではないはずだった。

 でも、さっきのシリウスは、優しさの欠片も何も無く、ただあたしの体を求めていた。

 自分のものが壊されていないか、点検しながら。


 あたしは……ものじゃないのに。


 セフォネの言った言葉が今更のように胸の中をかき回す。


『なんでこの城に置いてもらっているか、もう一度良く考えてみることです』


 ふと笑いがこみ上げてくる。

 彼女の言った事は正しかった。あたしは……一体何を信じようとしていたんだろう。

 今まで心の中を暖めていたものは、全て幻だったように思えた。


 服はなかなか着れなかった。その様子を見て、少女は手伝おうと思ったのか、部屋に一歩進み出る。


「――近づかないで」


 あたしは自分でもびっくりするくらい冷たい声でそう言った。

 さすがに近くでは見られたくない。そう思った。きっと色々な痕が残ってる。


 半ば無理矢理に服を着てしまうと、あたしは乱れてしまった髪を簡単に纏める。きっちり纏め上げていたそれはほとんど崩れてしまい、その中途半端な長さの髪がほつれて体に落ちていた。

 きっと今のあたしは、ボロボロの雑巾のようだろう。

 こんな姿はこれ以上誰にも見られたくなかった。


 あたしは少女の隣を何も言わずに横切る。

 少女はあたしを避けるように道をあけ、心配そうにその濃い緑色の瞳であたしを見つめた。

 廊下の照明ではじめてその姿をしっかりと見る。


 ――ああ、この子……


 手入れの行き届いた茶色のつややかな髪、滑らかな肌。今はかげっているが、気位の高そうなそのまなざし。

 この時間に本宮にいる気高い容貌の少女。……一瞬で正体が分かったが、……今更だった。


 逃げるように背を向けると、廊下を音を立てないようにひっそりと駆け抜ける。

 入り口にいた守衛が見てはならないものを見たという表情を浮かべ、目を逸らす。

 ……それが今はありがたかった。

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