表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/95

第6’章 裏切り(2)

「スピカ」

 シリウスは扉を閉めるなり、あたしを抱きしめる。

 微かに覚えのある香りが漂い、嫌な予感が胸を刺し、息が詰まる。


 シリウスはそんなあたしに気づかないまま、愛おしそうに頭を撫でつつ、髪を引き、あたしを少し上向かせると、一気に口づけて来た。

「ん」

 待ちきれないように彼の舌が唇を割り、あたしの舌に絡まる。腰に巻き付いた手は早くもドレスの紐を解こうとしていた。

「ちょ、っと、……待って」

 あたしは言葉を奪われながらも、必死でそう言う。

 聞きたい事が山ほどあった。聞かずにこれ以上先に進むのは許せないと思っていた。

 シリウスは顔を引きはがすように離すと、焦れたようにあたしを見つめる。

「何」

「話したいことが」

「あとで」

 シリウスは、そう言い切ると、くちづけを続けようとする。

 今までに無いくらい強引だった。

「待って」

 俯いてそれを避けると、彼はあたしを抱きすくめ、寝台に押しつける。

 そして両の手首を押さえ、あたしの自由を奪う。

「おねがい」

 ……話を聞かせて。

 あなたは、本当に他の妃を迎えてしまうの。それとも、もう……迎えてしまったの?

「シリウス」

 その身にまとっている香りは――?

 聞きたい事は、シリウスの激情に流され、見えなくなっていく。

「おねがいだからっ」

「黙って」

 シリウスは、苛ついた様子であたしの口をその口で塞ぐ。これ以上話なんかしていられない、そのくらい余裕が無いようだった。

 香りがいっそう強まり、絶望感が襲う。


 やっぱり――あのヒトの香り、だ。


 意地悪そうな微笑み。

 豊満な肢体。

 辺りに匂うような、その色香。


 ――シリウスが、この香りを纏っているってことは。……しかもこんなにしっかりと。

 彼女が部屋に入っていく後ろ姿が蘇る。

 あたしは、我慢できずに、シリウスの記憶に忍び込む。

 そして見てしまった。


 彼の記憶の中の、そのくちづけ。

 彼女の一糸まとわぬ姿。

 抱きしめた感触。

 触れ合った素肌の熱。


 ショックで一気に力の抑制が利かなくなる。

 そうして、見たくもないのに、彼の心の奥底にある気持ちまでが見えてしまう。それは堰を切ったかのようにあたしの頭の中に流れ込んでくる。



 彼は、その指や唇、舌で、あたしの体を開いていく。

『――前は、こんな風な反応だった? あのときは……? その前は?』

 彼は表面上その熱を持て余す一方、どこか冷めた様子で疑うようにあたしの反応を見張り、他の男に付けられた快楽の痕が無いか確かめていた。

 体が熱を持つのとは裏腹に、頭だけがどんどん冷えて行くのが分かる。


 ――いや


 必死で叫ぶ拒絶の言葉は、彼の唇に押し込められて、外へ漏れる事もない。

 彼はあたしが嫌がるなんて事、考えもしないみたいだった。

 セフォネの言葉が頭の隅を擦る。

 あたしの役割を考えれば……それは当然なのかもしれなかった。


 口づけしているシリウスはいつの間にかルティに入れ替わり、あたしはそれがあのときのことだとすぐに分かった。彼は思い出していた。

 一気に流れ込む記憶が現実と混じり合い、あたしは一体自分が誰なのか、それさえ分からないような気がしていた。

 彼の記憶の中のルティはシリウスの体を乗っ取ったかのように、あたしをその彫刻のような体で翻弄していく。

 そして、体の上にいる男は目紛しく入れ替わる。

 彼の頭の中で、あたしは、ルティやイェッド先生、他の様々な男の人に抱かれていた。しかも、それを抵抗もせず受け入れているのだった。

 ――つまり、シリウスはあたしがそうするのではないかと疑っているのだ。……あたしがシリウス以外の人を受け入れるんじゃないかって。

 彼の腕の中で、彼以外の男に抱かれている――あたしは自分の身に起こっていることをとても受け入れられず、人ごとのようにその状況をどこか遠くから見つめていた。

 嵐に翻弄される木の葉のように、いろいろな腕から腕を渡ってくるくると舞い、やがて地に落ち、粉々になる。


 ――こんなのって、ない。


 あんまり、だ。



 嵐が過ぎるのを待つように、あたしは、目を閉じ、心を閉ざしてその時間を過ごした。

 涙だけがただ、枕にしみ込んでいく。

 それと共に僅かに残っていた希望が流れ去り、後には絶望だけが広がった。



「……スピカ?」

 シリウスが、ふいにあたしの体から顔を上げる。

「……泣いてる? ……どうして」

 月明かりに照らされたシリウスの顔が一気に強張る。

 そして彼は困ったような顔をしてあたしから体を離すと、その長い黒髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

 彼はしばらく黙ってあたしの答えを待っていたが、やがて、おそるおそる聞いた。

「嫌、だった、の?」

 何も言えずにいると、彼は明らかに気分を害したようで、あたしから顔を背ける。

 苛立ちを隠そうともせず、彼は服を身に纏いだす。所々、ボタンが掛け違えているが、それを気にする事も無く彼は立ち上がる。

「…………泣くほど嫌なら、そう言えよっ……」

 そう吐き捨てるように言うと、彼は、あたしを振り向きもせずに部屋から出て行った。

 

 扉が閉まる音だけが、派手に部屋に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NEWVELへ投票(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ