第13章 明かされる陰謀(3)
やがて、三人の男は僕に気がついたようだった。
僕の髪の色のせいだろう。
逃げる事なく、馬をこちらに向けると、ゆっくりと近づいてくる。
万が一外したらスピカに当らないとは限らない。慎重に弓を持つ手の内を作り直す。そして心を落ち着けようと大きく息を吐いた。
次第に近づく男たちの顔が、稲光に照らされて明らかになる。
右側にグラフィアス。左側は知らないアウストラリス人と思われる男。そして――中央には、不敵な微笑みをたたえた赤い髪の男。
「久しぶりだな……シリウス」
「――今度会う時には使者を出すって言ってたのは、嘘だったのかな……ルティ」
スピカはグラフィアスの馬に乗せられているようだった。ぐったりと馬の背に乗っている。気を失っているのかもしれない。
「数日後に結婚式の招待状を送ろうかとは思っていたけれど」
「僕は送ったはずだけどな、明日の招待状を、アウストラリスの王子に。……届かなかったのか?」
狙いをルティの胸にしっかりあてたまま、僕は彼を睨み続ける。
それでも彼は僕に近づくのを止めなかった。
相手は三人。こちらは……尾行していた牢番を含めても四人。数では勝っていたが……腕としては、ルティには遠く及ばない。
「招待状、確かに受け取った。……だから、こうして来たんだろう?」
ルティはその唇に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「その矢で俺を殺るか? 一人の女のために国を巻き込むのか?」
確かにこの矢がルティに当れば……戦になるだろう。
しかし、ここでスピカを連れ去られれば、……僕は戦を仕掛けずにはいられないかもしれない。
じりじりと僕たちの距離が詰まる。
僕は葛藤していた。
スピカと国民と。比べる事なんか、最初から間違ってる。欲張りと言われようと、どちらも手放せない。――どうすればいいんだ!!
狙いを付ける左手が次第に痺れてくる。少しぶれただけで大変なことになることは分かっていた。でも、――もう集中力が持たない。
その時、ガサッと草を掻き分かる軽い音がしたかと思うと、右手を思い切り掴まれた。
「な!?」
僕は後ろを振り向き……自分の目を疑う。
その『少年』は深く帽子を被っていて口から下しか見えなかったが、その唇の形にはあまりにも見覚えがありすぎた。
「だめよ」
鈴のような声が耳に届く。
――僕は、幻を見てるのだろうか――
「うわぁ!!」
声が背中から響き、慌ててそちらに目を向けると、馬上に居た人影が、グラフィアスに向かってナイフを突きつけていた。
――あれは!
「……シュルマ!!」
『少年』が叫ぶ。布の中から現れたその人影は、金色の鬘を被ったスピカの侍女だった。
「ええ!?」
僕は訳が分からずに呆然とする。それはルティたちも同じだった。
「ほら! シリウス!! あの馬を狙って!!」
僕は促され、訳も分からないまま矢をつがえた。そしてルティの乗った馬を狙い、矢を放つ。
馬の足元に矢が刺さり、驚いた馬がルティを振り落とそうと暴れ出す。
僕は続けてもう一頭の馬の足元にも矢を打ち込んだ。
ルティは必死で馬を御すると、すぐに状況を不利と判断したらしい。
「――お前にはがっかりした。こんなことなら任せるんじゃなかった」
ナイフを突きつけられたままのグラフィアスを冷たい視線で一瞥する。
グラフィアスはルティに向かって何かわめいていたが、やがてシュルマに促され、大人しく馬を降りた。
ルティは、僕の側にいる少年にちらりと視線を向けた後、僕をその茶色の鋭い目で睨みつけた。
「……このままで終わると思うな! スピカは……遅かれ早かれ必ず俺の所に戻って来る。
その血の意志でな!」
そして手綱を引くと、馬の頭を西に向け、グラフィアスを置いたまま一気に馬を走らせた。
後ろで馬のいななきが聞こえた。
振り向くと、近衛隊が10人ほどこちらに駈けて来ている。先頭には、レグルスがいた。
――やけに大人しく引き下がったと思ったら……道理で
それにしても大胆な事をやってくれる。
――僕がここまでやられても黙ってると思ってるのだろうか。それとも――それ相応の覚悟と、その準備があると言う事なのか。
さすがにそろそろ決着を付けなければいけない……そう思った。
僕はルティの姿が見えなくなると、弓を下ろし、大きく息をついた。
もうそのまま地面に倒れそうだった。
それを堪え――側にいた小柄な少年兵の前に立つ。
「……説明してくれる?」
なんと言っていいか分からず、とりあえず僕はそう言った。
少年は帽子に手をかけると、それを一気に取り去る。
――金色の髪の毛が灰色の空を舞った。