第2章 揺らぐ覚悟(2)
城に到着すると、城門の前でスピカたちとひとまず別れ、父の元へと向かった。
黙ってスピカを追っていったこと、謝らなければならなかった。
本来ならスピカも連れて行きたいところだったが、彼女は長旅で疲れてしまい、少し熱を出していた。
手の怪我も少し痛み出したようで……、やはり本調子に戻るまでにはもう少しかかるのかもしれない。
立太子の儀式に出られないようなことがあっては困るので、レグルスと叔母に任せて、部屋に連れて行ってもらうことにした。
本宮をぐるりと取り囲む外宮を突っ切り、中庭を通って、父のいる謁見の間へと急ぐ。
父は、玉座の長い背もたれに背中を預け、静かに座っていた。
僕が跪くと、その目の合図によって、人払いがされる。
「……無事に取り返せたようだな」
低い声が響く。
はたして無事と言っていいのか迷ったが、僕は頷いた。
「はい……。身勝手な理由で、ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
父は軽く頷くと、少しの沈黙の後、静かに切り出した。
「……不在の間、いろいろあってな。……すぐ分かると思うが、おそらくお前もあの娘も苦しい立場に立たされるだろう。覚悟をしておくことだ」
「いろいろ、ですか」
「最後まで意志を貫き通せずに中途半端になるくらいだったら、今のうちに降参しておくことだ。……変に期待をさせるのは、残酷だからな。……シャヒーニの二の舞にするわけにはいかぬ」
義母上……か。
……父への妄執のような愛情によって母上と僕とを狙った張本人。彼女は自らあおった毒によって、未だ昏睡状態だと聞く。
「あれには……すまないことをしたと思っている。……ずっと寵を与えてやれないのなら、初めから妃になど迎えるべきではなかった」
父は、そこで言葉を切ると、その褐色の目で鋭く僕を見つめた。
僕はムッとしていた。
それは、僕がスピカを愛さなくなると言っているのだろうか。父が最初の妃だった后妃とスピカを重ねるのは、分かるけれど、……僕は父が母上を選んだのと同じ理由でスピカを選んだのだ。
「父上と一緒にしないで下さい。僕は……妃はスピカだけでいいのです」
僕の少し怒りのこもった口調に、父は少し驚いたような顔をしたが、やがてその目を緩ませ意地悪そうに笑った。
「……私も、最初はそう思っていたがな。嫁いできたシャヒーニはそれはそれは可愛らしかった。彼女以外の華は要らないと思ったものだ。しかし、リゲルに出逢って、私は、彼女に取り憑かれたようになった」
父は母の名を出す時、少し苦しそうに顔を歪めた。
「ですから」
僕は次第に苛立ちを隠せなくなって来た。——なんで分かってくれないんだ。
「まあ、聞け。……つまり、お前がいくらそう思っていても、周りはそう思わないってことを私は言いたいんだ。——お前はまだ若い。一時の気の迷いと思われても仕方が無い。あの娘、なかなかに美しいからな。現に、あの娘にお前がたぶらかされていると、宮中に噂が広まっている」
「え?」
「成人の儀で、相手とバレたのがまずかったようだ。……お前たちがいない二月のうちに、もうあの娘を追い落とそうと、いろいろと画策している者がいる。少し聞いたら、ひどいものだった。聞けばあの娘は傷つくだろう。それでも彼女は耐えなければならない。そして、お前も黙ってそれを見ていなければならない」
「なぜです」
僕は憤慨して尋ねた。——黙って見てる、だって?
「お前がむきになればなるほど、周りの反応はエスカレートするからだ。庇われなければ何も出来ない……そんな器では、とても妃など務まらぬ。……お前の母は、黙ってそれに耐え、ゆっくりと周りを懐柔していった。——宮はな、……女にとってみれば、戦場となんら変わりない。お前が、他の妃を迎え、あの娘を側室においておくのなら、あの娘への風当たりはずいぶんと弱まるだろうがな。すべてを選ぶことは出来ない。何を選ぶかはお前が決めろ」
僕は、どうすれば良いのか分からなかった。
予想はしていたけれど、すでにそんなことになっているとは思いもしなくて、出鼻をくじかれた気分だ。
彼女と一緒に歩いて行こうと決心していた心が揺らぐ。
もう一度、スピカと話をする必要がある気がしてきていた。