第13章 明かされる陰謀(1)
事件は解決したはずだった。なのに何だろう、この後味の悪さは。
――スピカを……迎えに行かなければ。
とにかく、近衛隊に寄って、説明をして、スピカを解放してもらわねばならなかった。
そうだ、もうあまり時間はない。
僕には大事な仕事が残っていた。
明日までに……スピカの心を取り戻すという大仕事が。
僕はミルザをとりあえず叔母に任せることにして、侍女にそれを頼むと、一人部屋を出た。
窓の外を見ると西の空に厚い雲と稲光が見えた。湿気を含んだむっとする空気が本宮の出入口から流れ込んでくる。また雨になるのかもしれない。
外宮への渡り廊下へと足を進めたところで、慌てた様子の近衛兵とはち合わせた。
「皇子、大変です」
「どうした?」
「イェッドが、すぐに皇子をお呼びしろと。とにかく、こちらへ」
そう言うなり駆け出した兵のあとに続き、僕は渡り廊下を走る。
ひどい胸騒ぎがした。
「どうしたって言うんだ」
息を切らせて近衛隊の詰め所にたどり着くと、イェッドが二人の人物に説明を聞いていた。
彼は僕を見ると、こちらを向いて頭を下げる。同様に二人も頭を深く下げた。
「――ああ、皇子。わざわざ申し訳ありません。ちょっとお知らせしておいた方が良いと思いまして。
…………この方達、ご存知です?」
「え?」
見覚えがある二人だった。僕は記憶を探る。
確か――
「……エリダヌスの両親か。南部ガレの」
「……そうなのですけどね。……このお二人、先ほど宮に到着されたのですが、……遺体に見覚えが無いと言われるのですよ」
僕は何を言われているのか一瞬分からなくなる。
「……どういうことだ?」
「あれは、エリダヌス嬢ではないということです」
――なんだって!?
「じゃあ、誰なんだ」
「今、アレクシアを呼んでいるところです。……彼女が妃候補については一番詳しいはずですので」
そういえば――『外宮を管理する者』。そう言われていた気がする。
僕はイライラしながらアレクシアの到着を待った。
そして、やがて到着した彼女の顔色は青いと言うよりは紫色だった。
歳は父と同じくらいか……灰色の瞳に乾いた感じの銀髪をしている。
――あれ?
僕は彼女の顔にどこか見覚えがあった。
もしかして――
「……あなたがアレクシア? ひょっとして……」
「――シェリアの母でございます」
僕はちらりとイェッドを見た。
――そういうことか。
彼が宿題にこだわる理由がやっと分かった気がした。
――事は僕が思っているほど簡単ではないらしい。
「……エリダヌスの事、聞いたんだけど。……どういう事か説明してくれるか?」
「……」
アレクシアはその青白い額に脂汗を浮かべていた。
僕は沈黙に苛ついたが、とりあえず黙ってその灰色の瞳をじっと見つめ続けた。
彼女はひたすら僕の視線を避けていたが、やがて観念したかのように、口を開く。
「……このことは、すべて私だけの責任で……主人やシェリア、親族はまったく知らない事でございます。それだけはご理解いただきたく……」
「分かってる。……前置きはいいから。その辺りは後ほどきちんと調査を入れる」
僕がそう言うと、彼女は少しだけ息をついた。
「……こんなことになるとは思わずに……ちょっとした出来心で。
……本物のエリダヌス様は、……生きていらっしゃいます。……私の館で預からせて頂いていて……」
「すぐに確認してくれ」
僕は側にいた兵にそう告げる。バタバタと何人かの兵が部屋を出て行く。エリダヌスの両親も共に部屋を去った。
「……どうしてそんなことを?」
「……」
アレクシアが黙り込むと、イェッドが口を挟む。
「……このごろ彼女の周辺ではひどく金回りが良いとか。噂で聞きました」
「……」
――賄賂か
確かに、そう言われてみれば妙に高級そうな衣を身につけていた。
思い出すと、シェリアもそうだ。南部に比べると、冬閉ざされてしまう北部の貴族はそこまで裕福ではない。母の実家だってそうだった。それなのに、彼女はエリダヌスと同じくらい高級な服を身に着けていた。
「シェリアが皇子に嫁ぐとなると……どうしてもお金が必要で。……その上、ガレを出し抜けるとなると……この話は余りに魅力的でした」
「……」
呆れて言葉が見つからず、僕はため息をつく。
「それで、……殺されたのは一体誰なんだ」
「……分かりません。ただ……秘密裏にアウストラリスの貴族から大金を積まれて頼まれて……」
「なんだって!?」
僕は仰天する。
どうして、そこでアウストラリスが出てくるんだ!?
「どんな手段でもよいから……皇子の目を、あの娘から逸らすようにと」
僕の頭に一つの考えが稲妻のように浮かぶ。
「……まさか……その貴族って」
僕にはもう答えは分かっていた。それでも聞かずにいられなかった。
やがてアレクシアはひっそりと呟いた。
「――――シトゥラ家、です」
僕はアレクシアがそう言い終わる前に立ち上がっていた。そして、部屋を飛び出すと牢へ向かって必死で走った。
――まさか
もし、もしも、ただそれだけのために。宮と比べて警備の手薄な牢に入れるためだけに。彼女に一瞬の疑いをかけるためだけに仕組まれた事だとしたら――!
欲しいもののために手段を選ばないあのシトゥラならば――あり得る話だった。
ルティに想いを寄せるミネラウバが――彼女が再びその一端を担ったとすれば――
『私はもっと早くこうなるべきだったのですわ』
彼女の言葉が耳の中をこだました。
――頼む。間に合ってくれ!!
僕は絞り出すように叫んでいた。
「――――スピカ!」