第12章 最後の日(1)
僕は宮に戻ると、すぐに父の部屋へと向かった。
――しかし、父は僕に会おうとしなかった。
「お手紙を預かっております」
部屋の前の兵が、一通の手紙を僕に渡す。
『物事の順番を間違えるな。その話は皇太子になってからだ』
それだけだった。
僕は、手紙を握りしめる。
おそらく、言いたいことは伝わっている。それなら、それで良いと思った。
部屋に戻ると、食事をとり身支度を整える。
急いで部屋を出ようとすると、セフォネが、不安そうに見上げてきた。
「皇子、もう諦められた方が。……せめて、明日お披露目される方を一応選んでおいて頂けませんか。
準備がとても間に合いません」
「心配しないでくれ」
僕はキッパリとそう言うと、セフォネを見つめる。
「明日、僕の隣に立つのはスピカだ。そうでなければ……、僕はこれからずっと一人でいい」
「なんですって! そんなこと、許されませんよ!」
「……誰に許してもらうっていうんだよ。……これだけは、譲れないんだ」
無茶を言ってるのは分かっていたが、今はそう答えるしかなかった。スピカ以外を隣に置く可能性なんか考えたくなかった。
僕は、まだ何かブツブツ言っているセフォネを残すと、部屋を出る。
そして、外宮へと向かった。
――現場をもう一度見ないと。
とにかく、そこから始めないとどうしようもない。
もう調査は終わっているはずだ。遺体も別のところに安置されているはず。
僕が覗いても問題はないはずだった。
と、そう思っていたのだが……甘かった。
外宮の入り口で僕は近衛兵に早速阻まれてしまった。
「こちらの館は立ち入り禁止です」
「なんでだよ」
「グラフィアスから、誰も通すなと」
「僕でもか?」
僕は兵を睨む。
「……皇子は特に、と」
やはり、スピカの罪が晴れるのは都合が悪いのだろう。
最後まで気を抜くつもりはないようだった。
僕は兵を睨みつけたが、兵の方は、僕の方を見ずに目を逸らしたままじっとしていた。
この間の一件について何か聞いているのかもしれない。こうなるとあの手はもう使えない。
僕は仕方なく一度退散して作戦を練ることにした。
渡り廊下を通り、本宮へと向かう。入り口が見えたところで、ふと立ち止まった。
目の端に映る、丸く本宮を取り囲む外宮を見て、ひらめいたことがあった。
――父が、母の部屋をあんな端に構えた理由。
もしかして。
僕は渡り廊下を飛び出すと、中庭に出て、まっすぐに西の外宮へと向かう。
突き当たったところに、外宮と外宮を結ぶ渡り廊下があった。
そして、少し背伸びをすれば届くところに、人が一人入り込めるくらいの格子のついた小さな窓があるのに気がつく。
格子に手をかけると、それは簡単に外れた。
僕は窓に手をかけると腕に力を込めて体を持ち上げる。そして、そのまま渡り廊下の内側へと滑り込む。
……なるほどね……。
僕より背が高い人間で、ある程度力があれば……簡単に入り込めそうだった。しかもほとんど人目につかない。
……つまり、父は、こうやって母の元へと通っていたということか。
ふと可笑しくなる。
確かにそう考えると、母の部屋は本宮から一番近い部屋だった。父もうるさいセフォネの目を盗んで通ったのかもしれない。
……それで、スピカの部屋も、あの場所ということか。
『道は自分で見つけろ』
そう言われている気がした。
しかし……こういう道が存在するとなると。
僕は疑いを抱いている複数の人物の証言を思い出す。
グラフィアス、ヤツならば、まず、こんなところを通る必要はない。堂々と見回りをしていればいいだけで。
……女性陣は、どうだろう。彼女たちは僕より背が低いし、体を持ち上げるだけの力があるとは思えない。
大体……この館に入り込めたとしても、部屋から出られないのだ。
結局は、考えても無駄な気がした。そこから犯人が導き出せるとは思えない。
僕はとりあえず、その問題は置いておくことにした。
……さてと。
僕は、渡り廊下を左側に向った。立ち入り禁止という札とともにかけられたロープをくぐると、母の部屋の前に立つ。
東側から差し込む光に照らされた廊下は、一番活気のあるはずの時間帯だというのに、嘘のように静まり返っていた。
僕は扉を見つめて深呼吸をする。
――必ず、見つけてみせる。手がかりを。