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第11章 過ぎ行く時(3)

 ――変な圧力、か。


 僕は考えていた。


 兵の証言にも侍女の証言にも一貫して不自然さを感じていた。

 スピカの事になるとみな口を閉ざしてしまっている感がある。

 宮仕えをしているものは大抵貴族と何らかの繋がりがある。今回スピカがこういう立場に立ったことで、一気に彼女を排除しようと言う動きが活発になっていてもおかしくない。


 となると、その圧力をなんとか除く必要があるのだが……。


 僕は、その方法について一計があった。

 ある意味とても危険ではあるのだが、……もう背に腹は代えられない。

 自分の武器について考えると、純粋に使えるのはこれだけだった。


 ――昔の僕とは違う。調節だって出来るはずだ。


 僕は自分に言い聞かせると、イェッドに声をかけた。


「イェッド、もうちょっと付き合ってくれるか?」



 *


「あの……お話というのは」


 僕は、目の前に座った男をじっと見つめる。

 その小さな目が天井辺りに向けて泳いでいる。かなり動揺しているのが分かった。

 僕は一人の男を部屋に呼び出していた。

 イェッドは僕らが座っている部屋中央のテーブルから少し離れた場所に椅子を構えて座っていた。


「君、事件が会った夜に、本宮の守衛をしていたんだってね」


 僕は静かにそう言う。


「……はい。それが、どうかされましたでしょうか」

「君は、スピカを見ているはずなんだけど」


 一瞬間がある。


「……あの事件の犯人ですね? 見かけておりません」

「……犯人じゃないよ。……君もよく知ってるだろう?」


 僕は少しずつ男を見つめる目に力を入れる。


「……なんのことでしょう」


 男は少し顔を赤らめる。しかし僕の目から目を離すことが出来ないようだった。


 ――もう一押しか


「僕だって、こんなやり方は嫌なんだけどさ。……君がこれ以上そう言い続けるのなら、君はその立場を失うことになると思うよ。……自分の意志によってね」


 僕は一回瞬きをすると、ゆっくりと瞼を押し上げ、男を再度見つめる。

 男はちらりとイェッドを見ると、困ったように大きく息をつく。

 彼はその筋張った手を膝の上で握ったり閉じたりとひどく落ち着かなかった。顔は先ほどよりさらに赤くなっている。


「皇子……こ、困ります」

「君、確か、妻子があったと思うけど」


 その辺は調べていた。


「イェッドが見てるからね。何かあったら、君はクビ」


 そう言いながらも僕は男から目を離さない。

 男は額から脂汗を流し始める。そしてガタガタとその体を震わせた。


 やがて、吐息のような小さな声が男の口から漏れた。


「……み、見ました」

「本当に?」

「はい……」


 僕はそこでやっと彼から目を逸らす。変な汗を全身にかいていた。


 ――こんな力、スピカ以外に使いたくないな……といっても、彼女には残念ながら通用しないけど。


 大きく息をつくと、再度尋ねる。


「――詳しく教えてくれるかな」



 *


「なんともまあ……えげつない力ですね」


 一連の取り調べを端で見ていたイェッドがため息をつきながら呟いた。


「もうあとが無いんだ。使えるものは使う」


 僕は変に吹っ切れていた。

 思いのほか、うまくいったことに気を良くしていたのかもしれない。

 さすがに、後味はひどく悪かったが。


「毒が抜けるまでしばらくかかりそうですよ、あの様子では。人生さえ狂いかねない」

「……すまないとは思うけど、僕だって必死なんだよ。嘘をつく方が悪い」


 男はあの夜見たことを全て洗いざらい吐いて、涙ながらに戻っていった。

 あの晩守衛を勤めたことが運のツキだったと思う。


 やはり、彼はスピカの姿を見たと言う。

 俯いていたので表情は見えなかったが、泣いているようだったし、その上、髪にも衣類にも乱れがあったため声をかけられず、見て見ぬ振りをしたと言っていた。

 その相手は僕だと思ったらしい。だから事を荒立てられないと上からも言われたと。


 ――さすがに、堪えた。

 スピカのあの服、慣れていない身では着るのが大変なのだろう。髪だって結うのは道具がいる。

 やはり、あんな風に置いていってはいけなかったのだ。



 耳を塞ぎたくなるのを堪え、今度は証言を変えさせた人物について聞くと、それだけは言えないと、自害しかねない勢いで言われた。

 さすがにそれ以上は無理かと、僕は諦めたのだが、イェッドは不満そうだった。


 ――甘い


 その目がそう言っているのが分かった。


 でも、調書は取れたし、僕は他の方法でやりたかった。

 後戻りが出来ないところまで追いつめたくはなかったのだ。


 また気になっていたアリエス王女のことだが、守衛は、こちらについては本当に見ていないと言った。嘘をついている気配はなかった。

 それは予想はしていたので、すんなりと納得できたが……じゃあ、王女のあの態度はなんなのだろう。


 謎は謎のままだった。



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