第2章 揺らぐ覚悟(1)
「ねえ、ところで、あなた少しは新婚旅行を楽しめたわけ?」
叔母がレグルスに聞こえないくらいの小さな声で、僕に話しかける。
「はあ? ……新婚旅行?」
この誘拐から怪我療養のドタバタした旅のことをそう言ってしまうところが、叔母なのかもしれない。
「最初一月はそれどころじゃなかったでしょうけど、スピカの傷が治ったのなら……」
「……」
僕は大きくため息をつく。
確かに、スピカの傷が治ってから、しばらく時が経っていた。
……どれだけ、そうしたいと思ったことか。
でも、その手の傷を見ると、なんだか手を出せなかった。
「あら……それは、勿体なかったわねえ。せっかくだから、二人の思い出の地で盛り上がって……」
「おばさま!」
まずい。この人を暴走させるとろくなことが無い。
僕は前の席のレグルスを気にして、再び叔母の言葉を遮る。
叔母は気分が盛り上がって来たところを中断されて不満そうだが、やがて声のトーンを落として再び話し出した。
「スピカ、寂しそうだったわよ。それにいろいろ気にしてたみたい、多分……ルティのことで」
僕が顔を曇らせると、叔母は大きくため息をつく。
「不可抗力だったのよ。……スピカは、あなたが、責めてるんじゃないかって……そう思ってる」
「そんなこと」
責めるわけが無い。
ただ、……聞けないだけなんだ。怖くて。
彼女が攫われていた、あの空白の時間に、いったい何があったのか。僕が見た、あれ以上のことは無かったのか。
何も無かったと、そう聞いて安心したい。
でも、もしも――。
彼女に触れることで、僕のそんな想いが伝わるのが、嫌だった。
なんて……身勝手なんだろう。
スピカは、僕の過去を知っていても、それについて何も言わないのに。
「忘れなさい」
顔を上げると、叔母が真剣な顔をして僕を見ていた。
「でも」
「あなたが自分を責める気持ちは分かる。でも、それによって、二人の関係に溝が出来るのなら……いっそ忘れた方があなたたちのためよ」
叔母は、そこで言葉を切ると、ふと語調を和らげて言った。
「それにね、スピカ、もうあなたの心を読まないって決めてるみたい……だから、あなたが心配してるようなことは、たぶん起こらない」
叔母には敵わない。
僕のことなんて何でもお見通しらしい。
……そうか。もう読まないのか。スピカがそう言うのなら、本当にそうなんだろう。
ホッとしたような、寂しいような。
……もう読まれて困るようなことは何も無いと思っていた。むしろ、僕の気持ちが全部伝わればいいのにって、そう思っていた。
でも、今僕が考えてるようなことは……きっとスピカを傷つける。知らない方が良いこともあるのかもしれなかった。
……そうやっていろんなことをごまかして、僕たちは大人になっていくのかもしれなかった。