第11章 過ぎ行く時(2)
「ああ、そうそう、忘れるところでした」
そう言うと、イェッドはまた荷物をごそごそ漁り出す。
荷物をあらかた漁っても探し物は見つからなかったらしく、今度は自分の衣類のポケットを漁り出す。
「あ、ありました。これ」
見るとそれは妃候補たちの証言を集めたものだった。折り畳まれていてしわしわになっていた。
「……これ、普通最初に見せるだろ……」
僕は思わずこぼす。
一番上はシェリアの証言だった。
どうやら、グラフィアスにも変わらずの態度だったらしい。証言は僕に話したことと変わらなかった。
先ほどの兵の証言と照らし合わせてみる。当日の守衛、つまりグラフィアスは彼女の姿を見ていない。彼が嘘を言っていない限りは、彼女の犯行は不可能だろう。
それに、守衛と言っても、西の外宮はグラフィアスが担当でも、東の外宮は別の人間が担当なのだ。ごまかさなければいけないのは、グラフィアスの目だけではない。……やはり彼女はやっていないと考えていいのかもしれない。
同じ理由でタニアも除外できるのだろうけど……。問題は別にあった。
兵と侍女の証言を見ると、ほとんどの人間が彼女の顔を知らないのだ。
ここにやって来て外宮入りすることになってから、彼女を見かけたものはいない。
――まず彼女には侍女がいない。
理由を聞いたが、分からないということだった。
証言書を見ると、ここに来てからのやり取りは、ほとんどがメサルチム経由で、証言をとる時にやっと顔を見せたということだった。
存在そのものに疑いを抱いていたのだが、……一応ここに居ることは居るらしい。
しかし証言自体が「ずっと部屋で臥せっていた」と言うだけのもので、事件当日彼女を見かけたと言う証言も見あたらない。
顔を知らないのだから、見かけるも何も無いのだろうが、知らない人物がウロウロしていたら目立つに決まっていた。
怪しいことに変わりないが、やはり……違うのだろう。
アリエス王女の証言は、「その時間には寝ていた」というもので、期待はずれだった。何か見たのではないかと思っていたのだが……。
本宮の守衛の証言を見ると、アリエス王女が外に出るのは見ていないということらしいし。
僕だって、あんな幼い少女が殺人を犯したなどとは考えたくはない。
悔しいが……結局は特に進展はみられないようだった。
突破口は……グラフィアスか。
もしヤツが嘘をついているようなら、話がまるで違ってくる。
シェリアを見かけたのかもしれないし、タニアも見かけたのかもしれない。アリエス王女の証言もごまかしている可能性だってある。
まず、彼自身が怪しいのだ。
彼がエリダヌスを害する直接的な動機はもちろん見当たらない。
しかし――彼がスピカを手に入れるためにそうしたのだとしたら。
それも立派な動機だ、そう僕は考えていた。
「グラフィアスに話を聞いてくるよ」
僕はそう言うと立ち上がる。
「……グラフィアス、ですか? その前に守衛でしょう」
イェッドが不可解そうに言って僕を止める。
「なんで?」
「彼がもし嘘をついているとして、認めると思われますか? こういうのは外から固めるべきでしょう。
まず、本宮の守衛。彼は、スピカを見ていないと言っています。そこには矛盾があるはずでしょう? どうも変な圧力を感じますからね、個別に呼び出して聞いた方がいいでしょう」
確かに、ヤツの目的が僕の考えている通りなら、何が何でもスピカを有罪に持っていくつもりだろう。となると、嘘の証言でもなんでもやってのけるに決まっている。
……今、彼に聞くのは時間の無駄かもしれない。
「お分かりだと思いますが、無駄に時間を使えないんですからね。……頭を使って、効率よくやって下さいよ」
イェッドはため息をつくと、机の上の宿題と僕を交互に見つめた。
まださぼると思ってるのだろうか……。
僕は、ちょっと嫌な気分になりながらも頷いた。