第11章 過ぎ行く時(1)
午後になると、イェッドが兵からの情報を集めて戻って来た。
叔母が先日集めて来た侍女の証言と合わせて目を通し始めて、まず小さな違和感を感じた。
宮に流れている僕とスピカに関するうわさ話について。
微妙なのかもしれないが、食い違っている……。
侍女の中で流れている噂では、スピカが僕とルティとを二股をかけていて、未だルティとも繋がっているという。
兵の中で流れている噂では、僕が一方的にスピカに惚れ込んで、ルティから権力を傘に奪ったという。ルティはその後、それに傷ついて職を辞し、国に帰ったと。
どっちもどっちで、ひどいことに変わりがないが、ともかく、男と女で真っ二つだった。
情報源が2つある……そんな感じがした。
僕がそう言うと、イェッドは淡々と言う。
「そんなものですよ、噂なんて。自分たちが面白いように作り上げるのですから。女性はスピカに対するやっかみ、男性はあなたに対するやっかみでしょう」
「……そうかな」
そう言われてみればそうなのかもしれない。……ただ何となく引っかかった。
それに……
「スピカの目撃証言は、ゼロか」
「はい」
期待していただけに、がっかりしたが、イェッドがにやりと笑いながら呟く。
「何をがっかりしているのです? 逆におかしいですよ。これは」
「え?」
「スピカは誰にも見られずにあの現場に入ったことになります。どう考えても、だれかが嘘をついています。……と思って、ちょっと調べて来ました」
……。
僕は複雑な気分になる。有能なのか、そうでないのか。
「これです」
イェッドが取り出したのは、事件当日の守衛の割当だった。
「事件が起こった日の……西の外宮の担当を見て下さい」
「……グラフィアス……か」
「そうです」
やはり、ヤツが一枚噛んでいると思って良さそうだ。……しかし、それだけじゃ足りない。
「……本宮の守衛とか、分からないかな?」
僕が言うと、イェッドは荷物からもう一枚紙を取り出す。
「特にこちらは問題ないようですが……」
僕は紙を覗き込む。
確かに……特に気になる名前はそこにはなかった。
「うーん……」
イェッドは、不可解そうに俯く僕に向かってさらりと言う。
「ところで、皇子、宿題は進んでますか?」
「……」
どうしてそういう話の運びになるんだろう……。
僕は焦る。
まったく目を通していない。貰ってから机の上に放置したままだった。
「明日までですからね」
やってないことはなぜかバレているようだ。
じろりと彼は僕を睨む。
「……分かってる」
正直、どうでもいいという想いが心の隅で燻っていた。明日までに事件が解決しなければ……僕は皇太子という立場を捨ててしまいそうだった。
僕のやる気の無さを感じたのだろう、イェッドが意地悪そうに目を細めて僕を見る。
「ジョイアの国民より彼女をとるというのですか。……まあ、ジョイアにはミルザ姫もいますし、それもいいのでは」
意外な言葉に視線を向けると、その茶色の瞳とぶつかる。
「……皇太子でないあなたに彼女が守れるか、見物ですね」
イェッドは面白そうに言う。
言い返せないのが悔しかった。
その立場を手放せば、何も出来ないことなど、そんなことはよく分かっていた。
それに、そんなことをしてしまう僕には、スピカは二度と微笑んでくれないだろう。スピカだけではない。……僕のために力を尽くしてくれた人々に僕は二度と顔向けできない。
イェッドは僕を決して甘えさせてはくれない。でも、それは今の僕には必要な厳しさだった。
「しなければいけないことは、全てやる。手抜きはしない」
僕はイェッドを見つめて、今度は力強くそう言った。
後に修正が入るかもしれません。