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第10章 尋問(4)

 生温い風が頬を撫でる。空気が湿っていた。雨になるかもしれない。

 長い渡り廊下を叔母と並んで歩きながら、僕はおそるおそる尋ねた。


「……僕に呆れてるんじゃないの? どうしてまだ協力してくれるの?」

 叔母は肩をすくめると、少しだけ微笑む。

「私にも責任があるから。……スピカが心を読まないようにしてるって言わなければ良かったわ。……まさかこんなことになるなんて思わなかったものだから。

 でもね。一番の理由は、私は、あなたたちの絆を信じてるからなの。

 ……あなたたちって喧嘩なんてほとんどしたことないでしょう?」


 僕は思い出す。

 喧嘩、か。

 一度っきりかもしれない。

 ……あの時も僕は無理矢理スピカにキスをして。その後勝手に自暴自棄になって、スピカに殴られた。

 ……同じじゃないか。いや、もっとひどいか……。

 なんだか、あまりにも成長していなくて自分にげんなりする。

「今まで喧嘩しなかった方がおかしいの。……あなたたちって、ずっと一緒にいる割にはコミュニケーションが取れていなかったし。

 ……自分を格好良く見せる必要なんか無いのよ。……スピカはあなたの駄目なところも含めて全部好きなはずなんだから。誠意を持って接すればきっと分かってくれるはず。あの子はそういう子でしょう?」

 たしかに……。僕は彼女にひどいことばかりしている。なのに、彼女は僕を見捨てずにいてくれた。

 それに甘えすぎて、こんなことになったんだけど……。

 不安で壊れそうになっていた心が少しだけ暖まるのを感じた。

「……私は、なんだかんだ言っても、あなたが可愛くて仕方が無いのよね……我ながら、甘いとは思うけれど。……レグルスのこと言えないわね」

 叔母は自嘲するように笑うと、表情を引き締め、こちらを射抜くように見つめて言った。

「……あなたにはスピカが必要だわ。……絶対に逃がさないで」



 *


 長い廊下を渡りきると、城門を抜け、山を少し下る。

 牢は山の中腹にあった。

 宮から城下町までを結ぶ大きな道を下り、うっそうと茂る林の隙間にある目立たない脇道に入る。しばらく行くと急に視界が開けた。

 寂しい場所だった。

 篝火は入り口の脇に2つ並べられ、牢の正面の門だけが明るく照らされている。

 石造りで四角い平屋の横長の建物が、林の奥へと傾斜に合わせて曲がりくねりながら伸び、壁にはツタが一面に生い茂っている。昼間は日陰になるのだろうか、地面に近い部分は苔らしき物で変色しているように見えた。窓は人が一人やっと通れるくらいか。頑丈そうな鉄格子がしっかりと嵌っている。

 辺りは静まり返っていて、時折ホウホウと鳥の声がする。

 皇宮に比べて警備は手薄と言って良かった。

 門番は二人。周囲を見回っている兵が二人。

 それを見ていると不安が増して来た。

 ……これじゃあ、今までよりも簡単に連れ出されてしまいそうだ。

 『その』可能性をどうしても否定できなかった。

 僕はそれを見て、夕刻からずっと考えていたことを決行することに決めた。




 門番に声をかけ、面会の申請書類にサインをすると、建物の中に通される。

 つんとカビ臭い匂いが鼻を刺す。一気に不快感が増した。

 ……こんな陰気ところに閉じ込められるなんて。

 すぐに具合が悪くなりそうだった。


「ここの衛生管理っていったいどうなってるんだよ」

 思わず前を歩いている管理兵に声をかける。

「……なにぶん予算が少ないもので」

 彼はちらりとこちらを見ると、困ったように顔をしかめた。

 そういえばメサルチムもそう言っていた。僕はそう思い出す。

「……囚人に手を出す輩がいると聞いたけど?」

 僕は思い出したついでに聞いてみた。

「…………そんな、タダの噂ですよ」

 男はこちらを見ようともせずに答える。その喉が一瞬ごくりと動く。

 ……一瞬間があったのが気になった。

 それを見て、どうやら、噂は本当なんだと確信した。一瞬で心の中がざらつく。

 

 平和だと思っていたこの国にも、しっかりと闇がある。僕が知らないだけで――。


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