第9章 一縷の望み(3)
僕たちが外宮をぐるりと廻って、近衛隊の詰め所横を通り過ぎようとすると、レグルスが血相を変えて僕に近寄ってきた。
「どちらに行かれていたんです。……スピカが!」
相当に宮の中を駆けずり回ったらしい。珍しく息が切れていた。
「どうした!?」
「……今朝になって、自供を……!」
「なんだって!?」
僕は目を剥く。
どうして急に。まさか……強要された?
嫌な考えが頭を支配する。
「容疑者から、犯人に扱いが変わって……今からすぐに牢に移されるそうです」
「今から!?」
僕は身を翻すと、スピカの部屋に向かう。
「例の手配は?」
足を急がせながら、後ろから付いてくるレグルスに尋ねる。
「もう昨日のうちに手配済みです」
僕は少しだけホッとして頷く。
外宮の入り口を曲がると部屋の前に構えるグラフィアスが目に入った。
……居ると思っていた。
僕は頭一つ上にあるその顔を睨みつける。
「スピカに何をした」
「おや」
グラフィアスはその穏やかそうな顔に一瞬険悪な表情を浮かべる。
しかし、周りの目を気にしたのか、すぐにいつもの間延びした表情に戻り、のんびりとした調子で答えた。
「何もしていません」
「何もしてないなら、なんでスピカが罪を認めるようなことを言うんだよ! 無理に言わせたんじゃないのか!?」
グラフィアスは、その目を細めてにっこりと笑った。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないで下さい。近衛隊はみな紳士です。
……罪を認めれば、ここから出ることが出来ますと、言っただけです。
……昨日、皇子が『諦めない』と仰られたのが原因なのではないですか?
皇子が諦めないと言われるのであれば、国内で逃げ場所など、ほとんどないのですから」
愕然とする。
……僕の言葉はまったく届かなかったということか。
僕が固まっていると、彼はひとつ短い息をつく。
「そろそろ時間なのでよろしいですか。……何度も言いますが、犯人との接触は禁止です。大事な御身に何かありますと困りますので」
彼がそう言うと、周りに居た近衛兵が僕を取り囲む。
「スピカに会わせてくれ」
どうしても逃げたいというなら、それは彼女の口から聞かなければいけなかった。
「残念ながら、今は駄目です。規則ですから。どうしてもと仰るのでしたら……牢に移った後、通常通り手順を踏んで面会を求めて下さい」
僕は強制的に外宮から連れ出される。
渡り廊下に差し掛かったところで、入り口から白い薄布を頭から被った人物がグラフィアスに連れられて出てくるのが見えた。
――見覚えのある薄黄色のドレス。
僕は叫ばずにはいられなかった。
「スピカ!」
一瞬その足が止まるが、彼女はやはりこちらを見る事はなく、グラフィアスの後に付いて門をくぐると、建物の影へと消えていった。
僕は歯を食いしばって立ち尽くす。
肩に手が乗せられ、ようやく我に返り、後ろを振り向く。
レグルスとイェッドが気の毒そうに僕を見つめていた。
「お手を」
イェッドに言われ、ふと両の手のひらを見ると、爪あとが赤く残っていて、右手からは血が一筋流れ出ていた。
「後で面会に行きましょう。手続きはしておきますから」
レグルスが慰めるようにそう言った。