第9章 一縷の望み(2)
僕は記憶を辿りながら、紙に部屋の見取図を描いていく。
ほぼ正方形のその部屋には、出入り口正面に大きめの窓。右側に暖炉。左側に寝台。寝台の脇には衣装棚が壁一面に据えられていた。
人が隠れることが出来そうなのは……寝台の下か、衣装棚の中、扉の裏くらい、か。
しかし、そこは確認されていたし……。
「……東側の窓、格子が嵌められてるらしいね」
窓をしっかり見た訳ではなかったが、「人が通れない」と思った事は確かだった。おそらくその格子の影が見えたのだろう。
「外宮の外側にあたる部屋は、内側の部屋とは違って、警備重視のため全て格子が入ることになっているそうで。……あの部屋も例外ではありません」
「簡単に外れたりしないのかな?」
「調べてはいると思いますよ。まだ調査が続いていますのでおそらく中には入れませんけれど、外側からなら見ることが出来るはずです。行ってみますか?」
僕は頷くと、彼とともに部屋を出た。
例の部屋の周りには、近衛隊の兵が侍従を引き連れて辺りの捜索を行っていた。
地面に這いつくばるようにしているもの、垣根をかき分けて顔を突っ込んでいるもの、皆それぞれに真剣だった。
「あ、皇子殿下……」
僕に気がつくと、その場を仕切っていた兵が近づいて来て、足元に膝をつく。
「現場を見せて欲しいんだけど」
駄目元で言ってみる。
「恐れながら……皇子。……皇子のお立場では、現場に近づかれると捜査に影響が出ますので……」
ひどく言いにくそうに彼は答える。
僕が捜査を攪乱するとでも思っているのだろう。
スピカに不利な証拠品でも見つけようなら、隠すとでも。
……もともと部屋に入ろうとは思っていない。僕は気にせずに尋ねる。
「あの窓。格子って外れた形跡とか、なかった?」
「いえ。男二人掛かりで引っ張りましたが、外れませんでしたし、しっかり釘で打ち付けてあって、釘には錆までしていました。不自然に錆がとれた痕なども見つかりませんでしたし、動かしたとは思えません。それに、あの高さです。細工をしようにも……」
窓はやはり僕の背よりも少し高い位置にあった。
あの窓の格子を外して、そして侵入して、元に戻すという作業を夜のうちにするとなると、それはかなり大変だし、必ず不審者として目につくだろう。
「そうか」
となると、窓からの逃亡は考えられない、か。
「暖炉は? 登れば屋根まで繋がっているだろう?」
「今調査中です。……ですが、辺りに煤が付いていたというような報告は今のところはありません」
どんどんスピカの立場が悪くなっていく。
分かっていたけれど、さらに追いつめられた気分になる。
何か。
何か1つでも、彼女がやっていないという証拠品が見つけられれば。
しかし、この状態ではとても調べる事は難しいと思えた。下手に調べると、僕が彼女を庇うあまり証拠品の隠滅を行ったなどと言われそうだ。あのグラフィアスはきっと黙っていないだろう。
「もしかしたら」
それまで黙っていたイェッドがふと呟いた。
「鍵は現場ではなく、あなたの記憶の中にあるのかもしれません」
「記憶?」
「なにかおかしいと思った事があるのではないですか?」
「……」
僕は事件発生から今まで、確かに妙な違和感を抱き続けていた。
ただ、立て続けにいろいろあってそれが何なのか考えることが出来なかったのだ。
僕がそう言うと、イェッドは少し面白そうに顔を緩めた。
「実は私も変だと思っている事が少しありまして。
……部屋でまとめてみますか。何か出てくるかもしれません」
部屋の見取図はHPに置いています。携帯向けは少々お待ちください。