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第8章 背水の陣(3)

 レグルスと叔母が去った後、僕は軽く汗を流すと寝台の上に座ってぼんやりと考え事をしていた。


 叔母がレグルスに続いて部屋を出る時に、僕の方をもの言いたげに見つめたが、僕はそれから目を逸らした。

 ……まだそのことを口に出せるほどには混乱が収まっていなかったし、軽蔑されるのが怖かった。


 セフォネに寝る前に飲めといわれた風邪薬を一気に流し込む。


 もう夜半が近かった。

 部屋を照らす青白い光を見ると、昨夜のことを嫌でも思い出す。


 あの時、スピカを離さずに、一晩中一緒に居れば、こんな絶望的な形で疑いをかけられることはなかった。

 あんな風に飛び出さずに、話をしていれば、スピカがあんな風に僕を見ることもなかったかもしれない。

 ……いくら後悔しても足りなかった。


 「好きだ」というひとことでも伝えられていたら……何か変わっただろうか。

 そう考えて、ふと思い出した。


 ……そういえば、手紙は?


 いろいろありすぎて、すっかり忘れていたが、テーブルの上にはもう影も形も見当たらない。


 ……セフォネが間違えて捨ててしまったのか。

 宛名も何も書かなかったのだ。

 何かに紛れてしまったのかもしれなかった。


 ……いまさら、遅いか。


 自嘲気味に笑うと、僕は寝台に横になる。

 ひどく疲れていた。




 小さく扉が叩かれる音で僕は目を開けた。

 少しうとうとしていたようだった。


 ……まだ夜は明けていないというのに、何だろう?


 僕が返事をすると、扉が少し開き、久々に見る、あまり見たくもない顔が覗く。


「いったいなんだ。こんな夜更けに」

「折り入ってお話が」

「明日にしてくれ」

「いえ、あまりお時間はかかりませんので、なにとぞ」


 僕はしぶしぶ彼を招き入れる。


「どういうつもりだよ、メサルチム」


 僕はため息をついて、目の前の脂ぎった小柄な中年男に椅子を勧めた。その飛び出すような大きな目がぎらついている。


「お願いがありまして」


 嫌な予感がした。


「わたしの娘を、タニアを、儀式の際に披露していただきたいのです」


 ある程度予想はしていたが、予想以上に不快だった。

 つまり、スピカという最初の妃の替わりに立候補するということだ。

 彼らはもう、スピカがやったと決め付けて、空いたその座の奪い合いを始めている。

 他の候補に約束を取り付けられるのを恐れて、こんな時間にやって来たというのだろう。


 僕はそれどころじゃないというのに。


「スピカ以外は妃に迎えるつもりはない」

「しかし、彼女は犯罪者ですぞ?」

「彼女はやっていない」


 目を丸くするメサルチムに向かって、僕はきっぱりと言い切る。


「ですが、彼女以外に犯行が可能な人間はいなかったそうでは。密室だったのでしょう? あの部屋は」


 犯行時刻に一緒に居たことを言おうかと思ったが、こいつが絡んでいないとは限らない。うかつに情報を漏らすわけにいかなかった。


「何か別の方法があったはずだ」

「別の方法?」

「とにかく……話がそれだけなら、帰ってくれ」


 僕が彼を部屋から追い出そうと、扉を示すと、彼は上目遣いに僕を見つめて、不満げな表情を浮かべる。


「……あくまであの娘に執着されるというわけですな?」

「……そうだ」

「……分かりました。それでは、こちらも手段を選んでいられませぬな」


 メサルチムはその大きな目を細め、酷薄そうに笑う。部屋の空気が一気に冷え込んだ。

 僕は息を呑み、尋ねた。


「何をするつもりだ?」

「いえいえ、何でもないですよ。

 …… ところで、皇子はご存知ですか? ……過去に牢番に乱暴された女囚人がおりましてね、その度に厳しく処分はして来たのですが……今でもなかなか減らなくて困っているのです。まあ、予算の関係で牢番の待遇も悪いので、大目に見ているところもありまして。相手が囚人だから国としても大きくとりただしてはいませんしね」


 牢や囚人の管理には、大臣であるメサルチムの権限が少なからず及ぶことを思い出す。

 血の気が引いた。


「僕を脅す気か」

「滅相もございません。この国の現状をお話ししただけです。次回の予算を決める時にでも参考になればと。

 ……そうそう、お気が変わられたら、ご連絡ください。”大臣として”何かお力になれるかもしれませんし。

 ……それでは失礼いたします」


 含みのある口調でそう言うと、彼は扉から闇の中へ姿を消した。


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