第8章 背水の陣(1)
僕は、その晩、叔母とレグルスを部屋に呼び出した。
一人でなんとかしようと色々と考えてみたのだが、考えが空回りするだけでまったくまとまらないのだ。
意見を聞いてみたかった。
「スピカがやるわけはありません」
レグルスはむっつりとそう言い、
「スピカなら……やるかもしれないわ。……前、スピカが言ってたの。『后妃のようになったらどうしよう』って」
叔母は悲しそうにそう言った。
「……スピカはやってないんだ」
僕はため息をつきつつ、犯行時刻にスピカと一緒だったことを二人に伝えた。
レグルスは一気に不機嫌になるが、さすがに何をしていたかなんて聞くことはなかった。
鋭い叔母は、僕の様子から何か言いたげにするが、触ると爆発しそうなレグルスをちらりと見ると結局口をつぐんだ。
詳細をもし彼が知れば、協力なんて一気に見込めなくなる。というか、それどころではない。僕の命はないだろう。僕がレグルスでもそうする。
「でも……殺害現場の状況を考えると……」
叔母が心配そうに僕を見る。
そうなのだ。まずはその問題がある。
僕は最初に確認したのだ。
部屋にはスピカ以外誰もいなかったことを。
そして、部屋の入り口はエリダヌスの体が蓋をしていた。
それもこの目で見ていたのだった。
だからこそ、混乱する。
あの状況では、スピカ以外に犯行が可能な人間なんていないのではないだろうか……。
そう思うと、あの晩一緒に居たのがスピカではなかったのではないか、そんな疑いまで抱いてしまう。
部屋に入った時は確かに彼女の手を掴んでいたし、ひと月ぶりだとはいえ、しっかりと覚えがあった。
ただ……あれが夢だったら……どこかそう思う僕がいた。
あんな風に彼女を傷つけたことが全部夢であればいい、そう思わずに居られなかった。
現実逃避としか言いようがないけれど。
第一、今朝のスピカのあの瞳を思い出せば、あれが夢でないことなんて分かりきっている。
そんな風に逃げてはいけなかった。
「なんだかひっかかるんだ」
僕は現場を思い出して言う。
混乱していて記憶がかなり不確かなのだが、妙な違和感があったことだけは覚えている。
それが何なのか……思い出せない。
ひどく重要な気がするのに。
「……ともかく、スピカがやっていないのなら、他にやった人間がいるのでしょう。そいつを探し出さないことには、スピカの刑は確定してしまいます。……裁判自体はひと月ほど先でしょうけれど……疑いを晴らさない限り、式には出ることが出来ません」
レグルスが僕をしっかりと見据えて言った。
「立太子の儀まで、今日を含めあと5日。それまでに、真犯人を挙げられますか?」
5日。
儀式は5日後の朝からだから、実質はあと3日と少しか。
指折り数えて待っていたその日が、ひどく近く感じて焦る。
それまでにスピカの疑いを晴らさなければ……僕は、スピカを妃に迎えることは出来ない。
この儀式を逃せば、スピカを妃に迎えるチャンスは二度とない。妃として迎えないのであれば、傍に置くだけであれば……可能だけれど……
「もし、スピカが儀式に出られないようなこととなれば、その後疑いが晴れようが、私は、スピカを連れて、この国を出ます」
レグルスがその目に鋭い光を浮かべて僕を見据えると、力強くそう言い放つ。
僕は後頭部をひどく打ち付けたような衝撃を受ける。
甘えが顔に出たのかもしれなかった。
「……傍に置くことは、許しません。約束でしょう?」
『スピカを正妃とするだけの意思があるのなら、私はあなたを認めましょう』
昔聞いた、僕の覚悟を問う言葉が今更胸に迫って来た。
「……分かっている」
僕は唇を噛み締めた。
どこまで甘いんだ。一瞬でも、逃げ道を探そうとした自分に嫌気がさす。
僕は彼女を正妃にする。
それしか彼女を手に入れる手だてはない。
「……何が何でも、やってみせる」
僕はレグルスを見つめると、自分に言い聞かせるように低く呟いた。