第7章 届かぬ想い(3)
呆然としていた。
何を言われたのか、分からなかった。
「ああ、これはまた……ひどい。可哀想に」
静かな声が部屋に響いた。
見るとイェッドが部屋に入ってくるところだった。
いつの間にか、人が減っていた。野次馬やレグルスの姿も消えている。
「何しに……」
「……おや、ご存じなかったですか。……私の本業は、医者ですが」
そう言うと、彼はエリダヌスの遺体へと近寄り、少しの間黙祷した後、慎重にその体を調べていく。
医者というだけあって、見慣れているのか、淡々としている。
「ふむ……亡くなったのは……大体………
おや? 皇子いつまでこちらにいらっしゃるんです。邪魔ですよ。
大体、現場をこんなに荒らしてしまって……困るんですよ」
「……」
僕が動けずにいると、イェッドは呆れたようにため息をつく。
「そんなに振られたのがショックですか……?」
「……振られ、た?」
さようならって……そういうことなのか……?
初めてその意味が胸に染み込んだ。
「壊れてしまうって言ったでしょう。あれだけ忠告したのに、気をつけないのがいけないんです。
彼女としては、あなたから離れるには、逃げるか、こんな風に捕まるか、死を選ぶか。そのくらいしか手がないんですから」
物騒な内容に仰天する。
「な、なんだって……僕は、そんなつもりは!」
「名を教えたのでしょう? 彼女が逃げられないように」
「……強制はしてない!」
僕はむきになって言った。
「本当に? ……彼女が本当に嫌だと言っても、あなたは諦めないつもりでしょう?
あなたは、どこまでも皇室の人間です。手に入れることを当たり前だと思っている。一度欲したものを諦められるわけがない」
……確かにその通りだった。
彼女だけは、諦めるなんて出来ない。たとえ、彼女に他に好きな人が出来たと言われても、僕は、彼女を手放すことは出来ないと思う。
遠くで幸せを見守るなんて……かっこいいかもしれないけど、僕にはきっと無理だ。
彼女が振り向いてくれるなら何だってするつもりだった。
「そうやってこの国の妃はみな不幸になる……それが分かっていたから、レグルスも反対していたんですよ」
苦しそうにイェッドは吐き捨てる。
……レグルス?
親しげな呼び方に僕は反応する。
「知り合いなのか?」
「ええ。古い友人です……。
それなのに……あなた何か勘ぐっていたでしょう?」
僕はぐっと詰まる。
「好きな女の子を信じてあげられないんですか……まったく、レグルスもなんで許そうとしていたのだか。こんなに未熟なのに……。
……でもまあ、彼女は今回のことであなたとの関係を清算するつもりなのでしょう。
レグルスも何が何でも付いていくでしょうし……、彼らならここを出てもうまくやっていきますよ。きっと」
「……」
おそらく過去の例から言うとスピカの刑は流罪。北のはての厳しい土地で、外部との接触も出来ず、一生幽閉されて生きることとなる。
僕の隣よりも、そっちの方がいい、そう思ったのか……。
それほど辛かったということなのか。
さっきのスピカの態度を思い出して、胸が詰まる。
僕の腕をすり抜けて、名を呼ぶことも忌み、僕を見ることも無く去っていった彼女。
『さようなら、皇子』
僕は……もう僕自身としてはスピカに見てもらえないのかもしれなかった。