第6章 裏切り(4)
青白い月明かりだけが差し込む暗い部屋に入ると、僕は彼女を抱き寄せる。
我慢できずに唇を寄せると、彼女は少し戸惑ったように身じろぎした。
構わずに彼女を上向かせると一気に口づける。彼女が欲しくてたまらなくて、余裕が全くなかった。
スピカが溺れる人間のように喘ぎながら、必死で言う。
「ちょ、っと、……待って」
僕は顔を引きはがすようにして彼女の瞳を覗き込む。
「何」
「話したいことが」
話は後だった。今は冷静に話すことはとても無理だった。
頭の中からエリダヌスのあの姿を早く消してしまいたかった。
「あとで」
僕は、そう言うと、再び彼女の唇を求めた。
彼女がそれを避けるように俯いたので、僕は焦れて、彼女を抱き寄せると寝台に押し倒した。
戸惑ったように抵抗する白い両手首を、片手で掴むと枕元に押し付ける。
「待って」
切羽詰まったような声で、スピカが訴えるけれど、待つことなんて出来ない。
「シリウス」
僕は、彼女の首筋に唇を這わせて行く。
「おねがいだからっ」
「黙って」
なぜ、こんなに拒むんだろう。
昼間のことを思い出してイライラした。
ひと月前、シトゥラのあの部屋では、彼女の方から抱きついてくるくらいだったのに。同じくらい激しく求めて欲しかったのに。
僕はまだ余計な言葉を発しそうな口を口で塞ぐ。
服を脱がせながら、彼女の体を強引に開いていく。
そうしながら、確かめずには居られない。僕以外が触れた形跡がないか……。
僕は半ば強引にスピカを抱きながら、いろんなことを考えずに居られなかった。
……彼女の気持ちがどのくらいのものなのか……そもそも、彼女は本当に妃になりたいと思っているのか……僕の隣にいることを、後悔してるんじゃないか……。
いくら追い払おうとしても、彼女に対する疑いはぐるぐると頭の中を回るだけで消えてくれなかった。
ふと耳に微かな嗚咽が届く。
僕は驚いて顔を上げる。
青白い月明かりの中、うっすらと見える彼女の瞳の輪郭が緩む。
「……スピカ?」
柔らかい頬に触れると、熱い雫を指先に感じ、さらに驚く。
すぐ隣に手をつくと、枕がじっとり湿っていることに気づいた。
「泣いてる……? どうして……」
彼女は黙って涙を流し続ける。
さすがにそれ以上続けられず、体を離すとその場に座り込み、髪をかき回した。
まさか、と思いながらも、尋ねる。
「嫌、だった、の?」
彼女は否定も肯定もしなかった。
ただ、絶望したような瞳で、僕を見つめるだけだった。
答えないことが……答えなのか。
かっと頭に血が上り、寝台を降りると立ち上がって服を纏う。
「……泣くほど嫌なら、そう言えよっ」
僕は居たたまれなくなって、そう吐き捨てると、逃げるように部屋を出た。