第6章 裏切り(3)
僕は一気に体調が悪くなっていた。それを理由に散歩を切り上げる。
胸がムカムカしてどうしようもない。風邪のせいもあるかもしれないけど、さっき見た光景のせいなのは間違いなかった。
僕はイェッドと顔を合わせる気にならず、体調のせいにして授業を休んだ。どうせ、今授業をやっても頭に入るわけがない。
スピカのことを聞くのも怖かった。何か聞くのなら……スピカが先だ。
いろいろな感情が渦巻いて、頭が混乱していた。
皮肉なことに……あの笑顔が一番僕を苛んでいるようだった。
泣き顔を見るよりも取り乱すなんて……。
シェリアの話を信じると、スピカはイェッドに慰められて元気を取り戻したことになるし、信じないとすると、もともと僕の妃候補のことなんか気にしてないということになる。
他にどんな理由付けをしても、どうしても気分が悪い結果しか出ないのだ。
とりあえず、夕食後、すぐ横になった。眠れるはずもなかったが、とにかく体の不調をなんとかしたかったのだ。
セフォネが僕の不調に気がついて、薬を用意した。
「なぜ、こんなになるまで放っておくんです! 言って下さらないと分かりませんよ!」
ものすごく怒りながら、苦い薬湯を有無を言わせず飲ませる。
吐きそうに苦いそれをなんとか飲み干すと、言った。
「……すまない」
「今日は、ゆっくり休んで下さい」
「……いや。夜に、スピカを」
セフォネがあっけにとられた顔をする。
「そ、そんな体調で」
誤解を招く前に遮るように言う。
「話をしたいんだ。……予定が終わってからでいいから、呼んでくれ」
今日はもう、何が何でも会わずにはいられなかった。
*
薬の効果は抜群で、僕はいつの間にか眠っていた。次に目を覚ました時には、部屋は暗くなっていた。
風邪の症状は、少しだけ和らいだような気もした。
僕が片手を付いて身を起こすと、ふと隣に人の気配を感じる。
ぼんやりする頭で、セフォネに頼んだことを思い出した。
「……スピカ」
ふと、気配が強くなったかと思うと、僕の首に柔らかい腕が絡み付く。
次の瞬間、唇にも柔らかさを感じる。
僕は我慢できずに、その身体を思いきり抱きしめて、気がついた。
……違う!! スピカじゃない!!
思わず、突き飛ばすように纏わりつく身体を押しやる。
「誰だ!」
僕は部屋の隅にあった燭台に近づきそれを掴むと、寝台を照らし出す。蝋燭の微かな光がその人物を映し出した。
……それは、一糸まとわぬ姿でたたずむ、エリダヌスだった。
目眩がした。
「お願いいたします。今日は、わたくしを……!」
取りすがるように彼女は僕の腕を掴むと寝台へと引き寄せようとする。
ふと肌寒さを感じ、下を見下ろすと、夜着の前が開けられて、素肌が露になっている。
……僕の寝てる間に、いったい何をしたんだ!?
混乱して頭がおかしくなりそうだった。
「駄目だ。誰だよ、こんな手引きをしたのは!!」
僕は必死で腕を振り払うと、彼女に置いてあった服を押し付け、部屋を飛び出した。
ものすごく狼狽していた。
頭の奥がしびれて、一瞬……我慢できないかと思った。
そんな自分がものすごく嫌だった。
僕は、スピカを裏切ろうとしたのか……?
正直、自分を危うく感じていた。
今部屋に戻って、まだ彼女が居るようだったら……危ない。
……スピカに会いたい。今すぐに。
僕は行き場のない衝動を持て余していた。
激しい足音を気にすることもなく、我を忘れたように一つの部屋の前へと急いだ。
そしてスピカの授業が終わるのを待てずに、部屋の扉を開け放つ。
部屋の中には何人も人がいたが、その結い上げられた金色の髪が一番に目に入る。
スピカは身のこなし方の訓練を受けていた。淡い黄色のドレスがとても良く似合っていた。
彼女は僕の顔を見ると唖然として、その手から扇を取り落とす。
教えていた講師も、周りに居た侍女も、一様に驚いた表情を隠せないでいた。
「……スピカを少しだけ借りる」
僕はそう言うと、スピカに近づいて、その右腕を掴む。白い包帯が目の端にちらついた。
困惑したような彼女の手を引きながら部屋を出ると、そのまま近くの客室へと連れ込んだ。