第6章 裏切り(1)
朝起きると頭と喉が痛かった。鼻も詰まっている。どうやら風邪をこじらせたらしい。
ただでさえ……忙しいのに……。
ふとテーブルの上を見ると、昨日書いただけで渡しそびれた手紙がそのまま置いてある。
……セフォネに渡すのを忘れていた。
昨日は頭に血が上って……それどころじゃなかったからな。
今日、これだけでも先に渡してもらおう。ドレスが仕上がるのはいくら急いでも3日はかかるそうだし。
僕はベッドから起きあがると、用意されていた水桶で顔を洗う。
異常に水が冷たく感じる。背筋がぞくぞくしていた。
……やばいなあ。
確か今日は貴族の娘たちの相手をすることになっているはずだ。
南部のエリダヌスと、北部のシェリアと大臣の娘、タニア。
タニアと言う娘は結局まだ一度も顔を見ていない。
どうやらあのメサルチムの娘らしいのだが……それだけでいい印象は抱けなかった。
メサルチムも必死だとは思う。
あいつは義母があんなことになってから、一気に権力から遠ざかったのだ。もとの栄華を手に入れるためには、誰かに取り入る必要があるのだろう。
そんな相手はもう僕しかいないのだ。
そういった理由で、いままでミルザよりになっていた貴族が一気に娘を差し出しているのだろう。その手のひらを返したような態度が不愉快だった。それに迷惑でしかない。
他の方法なら取り合ってもいいのに、この方法だけはどうやっても受け入れるわけにはいかないのだから。
……嫌なことはさっさと終わらせよう。……どうせ避けられないのだ。
それにしても……
「セフォネは?」
めずらしく彼女の姿が見えなかった。
僕は傍にいた侍従に尋ねる。見たことがない男だった。
「アレクシアに呼び出されて打ち合わせに行っております」
アレクシア……?
僕が不審に思い、眉を寄せると、侍従は補足した。
「外宮を管理している者です」
外宮を管理……か。
つまり、なんだ。……外宮の部屋を割り振ったりするってことか? それとも、部屋の掃除とか……。
僕がそんな風に考えていると、侍従が意味ありげに微笑む。
「今日の伽の用意でしょう」
は?
「その……不公平があるといけないので、アレクシアが妃たちの体調などを考慮しながら、順に割り振るのです」
僕の妃は……スピカだけだから、そんな役職いらないと思うんだけど。いったいセフォネは何をしにいったんだ。
僕のむっとした表情を照れていると取り違えたのか、侍従は笑みを強める。
「いや、羨ましい限りで」
僕はこの侍従をクビにしたいななどと考えながら、食事を進める。鼻が詰まっているせいで、殆ど味を感じない。
侍従の反応は一般的なのかもしれないが……僕もそうだと、スピカに思われるのがひどく嫌だった。
それ以上話をしたくなくて、僕は彼に頼みごとをすることにした。
例の手紙だ。
「あのさ、これ。スピカの部屋に届けて欲しいんだけど」
「スピカ様のですか……あいにく、部屋を知らないのですが……」
知っていてもおかしいか。というか、よく考えると知られるとなんか嫌だ。
「そうか……じゃあ、いいや」
僕はあとでセフォネに直接頼むことにした。