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第5章 父の覚悟(2)

 どんなデザインを選んだのかも覚えていなかった。

 いつの間にか採寸と仮縫いが終わり、部屋が片付いた後もあたしはその部屋に残っていた。

 イェッドとの授業があるのだ。


 部屋を出る前は期待で膨らんでいた胸も、一気にしぼんで、あたしは自分が抜け殻になったような気がしていた。


 ……約束を守らなくていい、なんて……。

 あたしが言うようなことではなかったのかもしれない。

 そう言う前に、それは破られてしまったようだ。


 あたしは、これから自分がどうするべきなのか……考え込んでいた。

 このままここに留まって……彼がたくさんの妃と仲良くしているのを見続けるのか。

 それだけではない、その妃たちと仲良くしなければならないらしい。

 ……仲良く? シリウスとそういう関係のある女性たちと?


 ……無理。


 話すことすら出来ないに決まっている。

 嫉妬で狂ってしまいそうだった。きっとシャヒーニ妃のように……。

 そうなってしまってからでは遅い。2代続けてそんな不祥事はジョイアにはもう許されないのだ。


 あたしは……ここにいるべきではないのかもしれない。

 彼の笑顔をみることだけで、満足できないようなら、どこか遠いところでそっと彼の幸せを願うのが……あたしに出来る一番のことなのかもしれない。

 いままでいろんなことを諦めて来たけれど……今度のことは一番辛い気がしていた。


 

「スピカ」

 聞き慣れた声に、思わず顔を上げる。扉の前にいつの間にか父が立っていた。

「……父さん」

「……辛そうだな」

 あたしは思わず俯く。

 父にだけは見られてはいけない顔をしていたらしい。

「逃げてもいいんだぞ。……皇子がいくら駄目だと言っても……いざとなれば俺が連れ出してやる」

「……大丈夫よ。父さんを無職にさせるわけにいかないし……せっかくここにも馴染んで来たんだもの。きっと……大丈夫」

 そう言うと、あたしは無理にでも笑おうとする。

 まだ、父に泣きつくわけにはいかなかった。

 それは、本当に最後の最後まではやるわけにいかない。少しでも泣き言を言えば、次の瞬間には、あたしはここから連れ出されてしまうに決まっているのだ。そうして、もう二度とここに戻ることはないだろう。

 あたしには、まだ、シリウスと完全に離れてしまう覚悟はなかった。

「……式の前までに……どうするか決めておけよ。それ以降は……逃げるのも苦労するからな」

 ……父は、相当の覚悟をしているようだった。

 あたしを攫ってでも、守ろうと。

 あたしは、それを思うと、胸が詰まって息が出来なくなる。

「お前はもっと平凡な幸せを手にすることも出来るんだからな。……母さんみたいに」


 母さん……か。

 ……ほんとにそうだ。

 あたしは母さんと同じ道を行こうとしている。

 母さんはアウストラリスの王子と恋仲だったけれど、引き裂かれて、……でも、その後父さんと幸せになった。

 ……最初の恋人と添い遂げられなくても、あたしの記憶の中の母さんは十分に幸せそうだった。

 あたしの育った家庭は平凡だったけれど小さな幸せがそこら中に溢れてた。

 きっと、今みたいな身を切るような想いをすることはないだろう。

 あたしはそんな家庭を想像してみる。

 でも、そのあたたかな家庭で、あたしの視線の先にいるのは、シリウスでしかあり得なかった。


「……シリウスを……忘れるなんて、出来ない」

 あたしは搾り出すように言う。

 父はやれやれといった調子で息をつくと、柔らかい色をした瞳であたしをじっと見つめた。

「……もっといい男はたくさんいるぞ?世の中は広いんだからな。お前は……視野が狭すぎるんだ。もっと周りを見ろ。

 ……大体、あれのいったいどこがいいんだ。前から不思議でならないんだ、俺は。顔か? 男は顔じゃないぞ?」

 誰が聞いてるか分からないのに、父は急に不機嫌になってそんなことを言う。

 あたしはさすがにその言葉に少し腹が立って、父を睨む。

「……小さい頃からずっと一緒のくせに、シリウスのいいところが分からないって言うの」

「甘ったれで、心配性で、堪え性がなくて、行動力も決断力もない。そのくせ、欲張りで何もかも手に入れたがる」

 ムカっときた。……確かにその通りだけれど、それは全部彼の長所の裏返しだった。

「まあ、外見だけだな、手放しで褒められるのは。俺も、あれほど綺麗な男は見たことがない。でも……」

「ちょっと!!! それ以上言ったら、許さないから!!」

 あたしは父に詰め寄って、顔を上げて、見た。

 父がしてやったりという感じでにやりと笑うのを。

「お前が……一番あいつのことを分かってるはずだろう? あいつがどんなやつか。考えれば分かるはずだ。周りに惑わされるな。お前の目で見て、耳で直接聞いて。そうして判断しろ。それで駄目なら、俺のところに来い」

 父はそう言うと、勤務に戻ると言って、部屋を出て行った。


 ……やられた。

 さすがだった。あたしのことをよく分かっている。下手に慰めても無駄だと。

 あたしは怒ったせいで、変に元気が出てしまっていた。

 宮に来て忘れていた、自分らしさを少し思い出した気がする。


 ため息をつくと天井を仰ぐ。

 ……そうだ。父の言う通りだ。あたしは、まだ、シリウスから何も聞いていない。

 諦めるのはまだまだ早いのだ。

 部屋は知っている。もし今日も会えないなどと言われたら……忍び込んででも。

 もう宮中の決まり事など、無視しよう、そう思っていた。


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