第4章 たどり着けない部屋(3)
しかし、僕は手紙の他に何を贈ればいいのか、途方に暮れてしまった。
女の子が何を貰って喜ぶかなんて……今まで考えたことも無かったから。
誰かに何かを贈るということ自体……はじめてだった。
僕はアリエス王女の部屋に向かう途中、ミルザに尋ねてみる。
「ねえ、ミルザ。……お前だったら、僕から何か貰うんだったら何が嬉しい?」
「……スピカに贈られるのですか?」
ミルザは少々驚いた顔で僕を見る。
あんまりにじろじろ見られるので僕はそんなに変なことを言ったかなと不思議に思う。
ミルザは、スピカに対してはもう妨害をしないと決めたようだった。
以前のように表立った攻撃は全く見せない。
僕の楽観的な希望でそう見えてるだけかもしれないが、ミルザにまで妨害されると、もう目も当てられない。
ミルザはその青い瞳を天井に向けてしばらく考え込んだが、やがて言う。
「とりあえずは……綺麗な手袋じゃないかしら。包帯って……目立ちますから。どうしても変な噂になってしまうようですし」
「手袋」
……スピカの右手にはひどい傷跡が残っていて……今でもそれを隠すために彼女は包帯を巻いたままだった。
本人が気にしてなさそうだったので……僕も気にしないようにしていたけれど。
……スピカが気にしないわけが無かった。
「まあ、それだけじゃあんまりだから、……揃いのドレスも一緒に。……あの人、きっと淡い色合いのドレスが似合うわ。色くらいは、お兄様が選んだ方が良いと思いますけれど」
「そうか……ありがとう、ミルザ」
僕がそう言うと、ミルザは少し恥ずかしそうに俯いた。
「お兄様は……変わられましたわ。以前は、わたくしにそんな相談などされなかったし、なんでも一人で片付けられてしまって……。兄妹なのに、壁があるようで、わたくし寂しかったのです。
それも……スピカのお陰なのでしょう?」
僕は頷く。
彼女が居なかったら……僕は自分の殻に閉じこもったままだったろう。
いろんなものから逃げて、外を見ることも避けて。
彼女は、昔の純粋だった頃の僕を思い出させてくれた。
僕が強くなれるよう、傍で支えてくれた。
――誰も、彼女の代わりにはなれない。
*
「失礼します。アリエス王女」
僕は王女の手を取ると、馬上へと引き上げる。
……一人で乗れないと言うので仕方なかった。
今日僕は彼女に城下町を案内することとなっていた。
城は山の上のため、麓までは輿、もしくは馬、それで駄目なら自分の足で歩くのだ。
王女が輿を断ったので、馬にはてっきり乗れるのかと思ったのだが、……乗れないらしい。
「馬って、一度乗ってみたかったのです」
王女はその柔らかそうな頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑む。緑色の瞳が昼の強い日差しにきらきらと輝いていた。幼い少女が持つ独特の鮮やかさが眩しかった。
……少し前のミルザを見ているようだ。
僕は気づかれないように少し息をつく。
……どう考えても恋愛対象じゃない。
スピカと会う前の僕でも、妹にしか思えなかっただろう。
彼女は馬に乗ると、隣にやって来たミルザを見て、迷惑そうな声を上げる。
「あの……まさか、あなたもついて来られるの? ここでお見送りされるのではなくて?」
「そうですわ」
ミルザは挑戦的な目をして、王女に向かって微笑む。
それは以前の僕の婚約者に対する態度と同じだ。そんなミルザは久々に見た。
前は……ただハラハラするだけだった。
スピカのことだってミルザには絶対バレたくなかった。
結局バレたせいもあってあんな風にとんでもないことになってしまったのだが。
つまりミルザは、この手の相手を撃退する術はものすごく長けている。
これまでに負けは1度だけ。
……その相手はスピカなのだが。
正直に言うと……今回もぜひ期待したい。
いっそのこと僕に幻滅して帰って頂くのが一番いいのだけれど……。
王女が僕を見つめるその瞳は熱く輝いていて、そう簡単にはいきそうには無かった。