第2章 揺らぐ覚悟(6)
「わたくしは、エリダヌス。南部ガレから参りました。皇子殿下にはご機嫌麗しく、お喜び申し上げます」
栗色の髪に勝ち気そうな黒い瞳。僕よりも少し背が高いくらいで、目のやり場に困るような豊満な肢体。
「わたくし、シェリアと申しますの。北部ケーン出身ですわ、皇子のお母様の故郷とあまり離れていない土地ですの。あとで故郷のお話をさせていただいても宜しいでしょうか」
ほぼ銀色と言っていい薄く黄色みを帯びた髪。おとなしそうな細い灰色の目、全体的にはかなげな華奢な少女。
僕は唖然として目の前の光景を見ていた。
僕の目の前には、3人の女性。
3人3様、特徴的な、美少女たち。
「あ、の……」
父が僕を軽く睨んで挨拶を促す。
「……私は、ジョイア皇国、皇太子。まだ正式には発表できないが、シリウスと言う」
立太子まで、僕は表向きの名を持たない。儀式を行い、初めて第一皇子という肩書き以外の名を持つことになる。
親しい間柄の人間はすでに僕の名を知ってはいるが。
……正直に言うと、スピカ以外の女の子にはまだ僕の名を呼んでは欲しくなかった。
それは、彼女だけの特権だ。
段々頭が働いてきて、今の状況が飲み込めてきた。
……のこのこと出てくるんじゃなかった。レグルス、一言言ってくれればいいのに。
さすがに、意味するところは分かる。
彼女たちは、僕の妃候補だろう。
父が、紹介の済んでいない少女の横に立つと、口を開く。
少しだけ色の濃いつややかな肌がそのドレスの隙間からのぞく。
年齢はミルザと同じくらいか。濃い茶色のくせのある髪に、濃い緑色の瞳。
「こちらは、テュフォン王国のアリエス王女だ」
「……シリウスです。お目にかかれて、光栄です」
僕は身をかがめ、少女の手を取ると、その甲に口づけをした。
……なんてことだ。
王女だと。
「本当はあと一人紹介する予定だったのだが、気分が優れぬということでな……。とにかく、4人とも、こちらにしばらく滞在することになっている。
お前も忙しいとは思うが、都を案内してやってくれるな」
有無を言わせぬ口調だった。
父の目には挑戦的な光が宿っていた。
――さて、どうやって切り抜けるんだ?
そう言っているように見えた。
4人の妃候補たちは、どうやら表向き遊学という形でこの城に滞在することになっているらしい。
部屋が埋まっている理由がやっと分かった。
……僕は結局断る理由を思いつかず、彼女たちの相手をする羽目になってしまった。
ただでさえ、儀式のための勉強で忙しいのに、その上、時間を取られるとなると、とてもじゃないがスピカに会ったりする時間なんて作れない。
妃候補のことはスピカの耳に届いているかもしれない。
もしかしたら、そのせいで、昨日僕に顔を見せなかったとか……。
この間約束したばかりでこんなことになっていれば、いくらスピカでも僕を疑うんじゃないかと思った。
……いくらなんでも、こんなはずじゃ……。
僕は焦る。
こんなことなら、ツクルトゥルスに居る間に、もっとしっかりと話をしてればよかった。何が起こっても絶対に裏切らないからと、もっと強く言っていれば良かった。
そうすれば、会えなくてもこんなに不安にもならなかったかもしれない。
もし、今日も会えなかったら……。
こんな狭い城の中なのに、ひょっとしたら僕は一生彼女に会えないんじゃないか、そんな不安に陥った。