閑話~闇の者たち~
閑話にしました。
コツコツコツコツコツコツ
静かな廊下に足音だけが響く。
月は厚い雲が隠し、星すら見えぬ。
空いた窓から風が吹き、燭台に乗った蝋燭の炎が揺らめく。
素人が見ても高級だと分かる革靴の履いているのは1人の男。
ムカつきを覚えるほど長く伸びた脚は程よい筋肉が付いており、野生のネコ科動物の脚を思わせる。
ピシリとしたスーツを身にまとった、男の表情は『無』というものだ。
メガネをかけている神経質なその顔つきは、見るだけで女性が勝手に堕ちそうな綺麗な顔立ちだ。
にこりともすれば裸の女性が部屋へなだれ込んでくるだろう。
暗闇に溶け込む漆黒の髪はストレートショートで片方は耳にかけている。
「やあ、久しぶりだね。何十年ぶりだっけ?あれ?何百年だっけ?ま、いいや。一緒に行こうよ。」
いつの間にやらそばにいたのは、これまた美形の男だった。
神経質な顔立ちの男とは真逆の、親しみやすい印象を与えるほんわかとした顔つきだ。
しかし、歩く動作からは隙がないことが伺える。
髪は金色でラフな服を着ている。
「好きにしろ。」
そう、神経質な男が言うと浮かべていた笑みをさらに深めて、「もちろんさ。」と言った。
「ああ、そうだ。知ってる?旧第一席の欠片が目覚めたみたいだよ。」
「なに!?それは本当か!?」
金髪の男が言った瞬間、神経質な顔立ちの男は金髪の男に詰め寄った。
「え?なに?って、ああ。そういえば君は旧第一席に惚れこんでたね。」
「当たり前だ。あの方の強さは私などをはるかに超えているのだ。私では手も足も出ん。」
そう言うと、金髪の男はひどく驚いた様子で叫んだ。
「歴代最強と言われる現第一席の君がかい!?でも、旧第一席よりも強いと言われていたじゃないか。」
その言葉を聞いた神経質な顔立ちの男はその綺麗な顔を歪めると、吐き捨てるように言った。
「言った者たちは旧第一席の強さを知らん愚か者だ。」
「でも、旧第一席の側近も言ったんだろう?」
「旧第一席に信用されていない無能者のことか?もっとも、信用されていたのは一握りだけどな。」
神経質な顔立ちの男は鼻で笑いながら言った。まるで「そんなこともしらないのか?」とバカにしているようだ。
「ふうん。僕はまだ生きてなかったからね。どんな人だったんだい?旧第一席は。」
神経質な顔立ちの男は懐かしむように呟いた。
「そうだな。とにかくやる気のない人だったな。口を開けば一言目には「面倒だ。」二言目には「怠い。」三言目には「あとよろしく。」とかだったな。」
金髪の男は不思議そうな顔で尋ねた。
「そんな人のどこがいいのさ。」
神経質な顔立ちの男は怒るでもなく、「私も初めはそう思っていた。だが、」と続けた。
「あの人はやる時はやる人だった。」
金髪の男は頭上に「?」を浮かべていた。
「ふ、分かっていないようだな。あの人は常に「怠い、眠い、やだ、働きたくない」と言っていたが、ある時な私はあの人に助けられたのだよ。」
「助けられた?君が?あの君がかい?」
「ああ。ふむ、少し昔話をしよう。」
ーside???ー
今から2000年ほど前のことだ。あの頃の私はまだ若くてな。
いつも働かない旧第一席に対して反抗的だったんだ。「なぜ、こんな人が第一席なのか。」とね。
私は第一席よりも側近の宰相殿にあこがれたよ。
だから、その憧れの人にかばわれている旧第一席に嫉妬していた。
私はね、宰相殿に聞いたことがあるんだ。
「どうしてあのように働かない人が第一席なのか。」とね。
あの人は苦笑して言ったよ。
「あいつはな、いざというときになったらやるんだよ。そのときの姿は別人ではないのかと疑うほど、いつもの様子とはかけ離れている。獣のようにぎらぎらと目を光らせ、狙った獲物は逃さず、味方を傷つける敵に容赦はなかった。その姿は、神々しくも妖艶で、そして何よりも、どんなものよりも美しかった。そこに俺は惚れたのさ。ま、お前もいつかわかる時が来るさ。」
それを聞いて私は今のお前と同じように「は?」としばらく口を開けたままだったよ。
それからしばらく旧第一席を見ているとな、面倒だなんだと言いながら、しっかりと仕事をこなしていることに気がついた。それで旧第一席を見直し始めた時だ。
人間との戦争が起こった。真っ先に狙われたのは魔族の中で一番弱い『妖精猫と妖精犬』の集落だった。
私は助けに行こうと言ったが、旧第一席は首を縦には振らなかった。
今ならわかる。あそこまでいくのには軍隊では時間がかかりすぎる。かと言って少数では返り討ちにされて終わりだ。だから、旧第一席は許可を出さなかった。百を守るために十を切り捨てたのだ。
当時の私はそれに激昂して私兵を連れて言ったよ。
バレてないと思っていたが、しっかりばれていたと後から気づいたけどね。
それを旧第一席は黙認したんだよ。第一席としては行けないが、個人としては助けに行きたかったのだろう。
旧第一席はひどく優しい人だったから。
ついた時は始まったばかりのようで、間に合ったと思ったよ。
でもね、人間側には『勇者』と呼ばれる特殊な人がいたのだよ。結果は絶体絶命。
勇者に剣を向けられた時には「私の人生もここまでか……。」と死を覚悟したよ。
勇者の剣が振りかぶられたとき、私は死んだと思った。
でも、なかなか痛みが来なかった。不思議に思って見てみると、そこには勇者を圧倒するいつもとは別人のような旧第一席がいたよ。
神々しくも妖艶で雄々しく美しく、まるでひらりひらりと舞っているような目を奪われる光景だった。
その時に理解したよ。宰相殿が言っていたのはこう言うことだったのかとね。
私は知らないうちにつぶやいていた。「惚れるのも無理はない。」と。
結局その戦争は人間側の負けで幕を閉じたよ。
終わった後、私は旧第一席に殴られたよ。命令を無視するとは何事だ、とね。
その後、優しく抱かれて「無事でよかった、間に合ってよかった、突っ走ってくれてありがとう。おかげでこの集落を守ることができた。」と耳元でささやかれたよ。
そこで、私の頑張りも無駄ではなかったと気づいたよ。
それと、旧第一席がひどく優しい人だったともね。私はそのギャップに惚れたのだよ。
一番印象に残っているのは宰相殿が少し、嫉妬と羨望を混ぜた顔でこちらを見ていたことだね。
旧第一席は言ったんだ。
「ダメな一席を演じていれば、白か黒かの判別が楽でいい。」とね。
あの姿はそういう意味があったのかと、目から鱗が落ちたよ。まあ、私には出来なかったがな。演技というものがどうも苦手で……。
それからは二人きりや、本性を知っている人の前では素でいてくれてね。
まあ、その素も実は怠惰なあの姿に酷似していたことは少し「ダメな一席の半分くらいは本物だったのか。」と、呆れたけどね。
それでも、強く美しく私の憧れの人になったのだよ。
「ふうん、俺も会ってみたいな~。現第一席が入れ込む旧第一席。」
「運が良ければ会えるだろう。その時は紹介してやる。…と、着いたな。会議室。」
その扉は180㎝以上あるだろう二人の二倍以上の高さと大きさがあった。
「さ、みんなついてるみたいだし、行きましょうか。現第一席。いや、『魔王』様。」
「ああ。」
魔王と呼ばれた男は扉を開くと淡々と言った。
「待たせたな。さあ、会議を始めるぞ。」
〚Yes,my lord.〛
この者たちとカルテたちの道は少し先で交差していることは、だれも知らないことだった。
次はあのイタズラ回。




